記憶・47
 ミオは雇い主のことを信頼している。ミオの言葉からオレが1番強く感じたのはそれだった。オレの中にそもそも最初からあった雇い主への不信感。しかし、ミオの言葉がオレの不信感を拭い去ることはなかった。オレの感覚が拒否しているのだ。もしかしたらそれは、ミオが雇い主を信頼しているという、そのことが原因だったのかもしれないけれど。
 雇い主はオレの身内なのだと、ミオは言う。彼というからには男なのだろう。ミオの雇い主はオレにとってどういう存在なのだろう。兄弟か、父親か。誰か、オレのことを心配している人が、本当にいるのだろうか。
 雇い主はミオの恋人なのかもしれない。ミオがオレのことを男だと思えないのは、オレが恋人の兄弟で、いずれ義兄弟になるからだとしたら。
 オレの想像は絶望的な方角に向かって拡大してゆく。自分のことをほんの少しでも思い出せたなら、もっと自分に自信を持てるのだろう。
「その人のことを、ミオは好きなんだな」
 オレの言葉には、ミオはなんの躊躇いもなく答えた。
「好きよ。ちょっと変わってるけど、あたしには優しい人だから」
「なら、彼がミオの恋人なんだ」
「……どうしたの? 今朝からそんな話ばかりだわ。伊佐巳は何が何でもあたしに恋人を作りたいみたい」
 ミオの態度は、オレを子供扱いしていたあの時までのものに戻りつつあるように見えた。そんなミオにほっとしている自分を知った。矛盾していると自分でも思う。俺はミオに男として見てもらいたいのに、子供扱いされることを心地よく感じているんだから。