記憶・42
 文句はいろいろあったけど、でも自分からそういう話を切り出せるほどオレは大人ではありえなかった。ミオはミオで、オレが何も言わないでいてそういうことに気付くほど敏感だとは思えない。もしもオレの心の動きが判っているなら、目の前でこんなにあっさりと着替えたりはしないはずだ。
 それとも、ミオは慣れているのか。下着姿を男に見せることに。男の前で脱ぐという行為に。
 夢の男の言葉がオレの頭の中に根付いてしまっている。ミオのことを疑うまいと思っても、あの嘲笑が否定する。だけど気になる事実には変わりない。オレはミオのことをもっと知りたい。
「ミオ……」
 目を伏せたまま、オレはつぶやいた。他に人のいないこの場所では、どんなに小さな声であろうと相手に届かないということはありえない。
「何? 伊佐巳」
「恋人が、いるの?」
「え……?」
 オレが顔をあげてミオを見ると、ミオは目を丸くして沈黙していた。唐突過ぎたのは判ってる。
 しばらく沈黙していたミオは、このまま黙っていても事態が1歩も進まないことに気付いたのか、やがて言った。
「いない、と思うけど。……でもどうして?」
「思う? 自分のことなのにはっきりできないのか?」
「そうね、ごめんなさい。恋人はいないわよ。好きな人ならたくさんいるけど」
「好きな人?」
「ええ。ものすごい重圧を抱えて戦いながら生きてる人。パパがいない間、あたしの父親代わりだった人なの。そのほかにも、命がけであたしたちを守ってくれる人とか、自分を殺して他人のために尽くしてる人とか、あたしの周りにはすごい人たちがいっぱいいるから。……でも、どうして?」
 オレはミオの問いに答えることができなかった。