記憶・40
 どのくらい、オレはキーボードを打ちつづけていたのだろう。
 我に返ったのは、耳元で聞こえるその声が伝えてくるのがオレの名前なのだということに気付いたときだった。
「伊佐巳! ちょっと伊佐巳! あなたいったいなにしてるの!!」
 半分朦朧としたように、オレは声のする方を振り返った。顔を見てもしばらくは誰だか判らなかった。怒ったようにオレを睨みつけているのがミオだと知って、オレは自分が何をしてミオに睨まれているのか、朦朧とした頭でしきりに考えていた。
「伊佐巳! あなた……いったいどのくらいの時間こんなことしてたの! まさか眠ってないんじゃないでしょうね!」
 ああ、そうか。ミオはオレがパソコンに夢中になっていたことを怒ってたのか。
 部屋の中には明かりがついている。おそらく、時間的にはもう朝なのだろう。振り返って画面の時刻を確認して、今が午前7時過ぎなのだと知った。
「あ、ええっと、眠ったことは眠った。夢も見たし」
「起きたのはいつ? 5時? 6時?」
「……ごめん、確認してない」
 ミオはどうしてこんなに血相変えて怒るのか。確かにオレの睡眠時間はそれほど長くなかったかもしれないけど、この程度のことで今すぐどうなるというものでもないのに。
「まあ、慣れないベッドであんまり眠れなかったかもしれないのはしょうがないと思うわ。だいたい伊佐巳は昨日の夕方まで眠ってたんだもの。でも、明かりもつけないでパソコンをやってるなんて、あなた自分の身体を何だと思ってるのよ! こんなに身体に悪いことないわ!」
 なるほど、ミオはオレが暗闇でパソコンをやっていたことが気に入らなかったらしい。
 だけど、ミオが眠っているあの状況で、オレにあれ以上の何ができたというのだろう。