記憶・38
 目覚めた瞬間は自分のいる場所を把握することができなかった。夢の中とほとんど変わらない暗闇があたりを包んでいる。しかし、現実であるとはっきり感じられる空気はあったし、夢とは決定的に違い、オレは自分の肉体を持っていた。徐々に周囲に目がなれてくる。あたりはほぼ完全な暗闇だったが、自分がベッドに寝ていることや、明かりのついている時に見ていた部屋の状況などは、確認することができた。
 オレの夢はオレの記憶を元にして作られている。だから、オレが知らないことが夢に出てくることはありえない。夢から覚める直前にあの男がなんと言ったのか、おそらくオレは聞き取れなかったのではなく、知らなかったのだ。オレが何者であるのかオレは知らない。だから、オレの記憶から作られた夢の住人であるあの男も、オレが何者なのか知っているわけはないんだ。
 思わせぶりなあいつの態度は、オレの不安が具現化したものだ。ミオを悪く言ったのも、オレが無意識に恐れていたことを言い表したに過ぎない。オレは、ミオがあいつの言うようなあばずれであって欲しくないと思っているのだ。オレはミオに、そういう方向での興味を抱いている。
 ふと、気配に気付いて振り返ったまま、オレの思考は止まってしまった。オレの視線の先にはミオがいた。ミオは、オレと同じベッドの上で、健やかな寝息を立てていたのだ。
(……嘘だろ)
 しばらくオレは自分の目を信じることができなかった。確かにこの巨大なベッドは2人の人間が互いに干渉し会わずに横になることは可能だ。だけど、だからと言って、16歳の女の子が32歳の男のベッドで寝るか普通!
 空気の振動がオレ自身の鼓動を伝えてくる。それまでのベッドの寝心地はけっして悪くはなかった。だけどそれは、隣にミオがいることを知らなかった時までだ。この巨大なベッドは、今のオレには眠るのに最悪の場所と化していた。