記憶・26
 ミオを雇った人間は、いったいオレに何を思い出させたいのだろうか。オレの中に眠っている、32年分の膨大なデータ。その多くの経験の中に、ミオの雇い主が必要とするデータがあるのかもしれない。オレのそれまでの記憶を奪い、ミオを雇ってまで思い出させようとする重要な何かが。
 その記憶は、オレやミオにとって、いったいどんな意味を持つものなのだろうか。
「伊佐巳、もう食べないの?」
 気がつくとオレは呆然と意識の中に沈みこんでいた。皿の上には最後の一口が残ったチャーハンがある。
 オレはその一口を掻き込んで、ミオを振り仰いだ。
「……ちょっと、考えてた。ミオを雇った人は、オレの記憶を取り戻すためにこんなに広い部屋を用意したり、ミオを雇ったりしてる。そこまでするのは、そいつにとってオレの記憶が必要だからってことだろ? なあ、ミオ、教えてくれ。オレの記憶にはいったいどんな秘密があるんだ?」
 ミオは一瞬目を丸くしたけれど、やがて小さく笑った。それはまるっきり年下の男の子に対するほほえましさをあらわしたような表情だった。
「秘密なんかないわよ。あたしが聞いていた伊佐巳の経歴は、本当にごく普通のものだもの」
「だけど! 君が知らないだけかもしれないじゃないか」
「そうね。……だったら、もし万が一、そういうことがあって、伊佐巳の身に危険が及ぶようなことがあったら、あたし、精一杯伊佐巳のこと守るわ。だから、あたしのことを信じて」
 そういったミオは、オレが今まで見てきたどんなミオとも違う、少女のはかなさの中に強さを秘めた、女戦士のように見えた。