記憶・21
 オレの記憶は消えてしまった訳じゃない。必要なアプリケーションがなければ開けないファイルのように、脳内のフォルダの奥で時を待っている。そうか、記憶の仕組みは、コンピューターとかなり似ているのかもしれない。当然か。そもそもコンピューターは、人間の脳に似せて作られているんだから。
「伊佐巳?」
 オレが自分の考えに囚われてしまっていたせいか、ミオは心配そうに声をかけた。
「ああ、なんでもない。……このプログラムはたぶんゲームだと思う。だけどこのままじゃ動かない。動かないことは判るんだけど、それがどうしてなのか、今のオレには判らないんだ」
 オレの言葉は、ミオには不思議に映っただろう。
「打ち込んだ文字を思い出して、それがゲームだってことも判るのに、何が原因で動かないのかが判らないの?」
「うん、そうなんだ」
「どうして?」
「今、オレが思い出したことは、この膨大な文字の並び方だけなんだ。だからオレは頭に浮かんだ文字を打ち込むことはできても、打ち込んだものが何を意味してるのか、それが判らない。もしもひとつひとつの文字が何を意味してるのかが判れば、動かせるように直すこともできるようになると思う。それも一緒に思い出せればよかったんだけど」
 オレはいつのまにか、自分の記憶が戻らないことへの焦りやもどかしさを、それほど感じなくなっていた。