小学校1年の担任
11日、同級生の割烹に大根を20本届けるのに実家に帰った。
家で出荷できない大根を漬けものにしていたものを少しだけ持参していたのだが、、、。
納品を終えて実家に戻る途中に、小学校1年の時の担任の家があるのは知っていたのだが、、、。
先生には田舎の食堂でばったり出会ったことはあるのだが、一昨年の同級会には招待したが、直前にひざの具合が悪くなったとかで出席してもらえなかった。
車で迎えに行くと約束していたのに、、、。

今年先生から年賀状が届いた。
裏面いっぱいに隅々まで文字をびっしりと書き込んでくれていた。
先生の思いがず~~~んと伝わってきた。
電話してみた。
mikiharbのことは細かいことまでよく覚えてくれているみたい。
2年の3学期からは養女になって転校したので先生とはそれっきり出会うことはなかったように思うのだが。

野菜を届けて帰り道、電話では統合した小中学校の後ろだと聞いていたので尋ねてみる。
2軒ほど家が並んでいたが1軒目は名前が違う、奥の家を訪ねて声をかけるが、、、。
テレビの音を大きくしていてmikiharbの声やチャイムが聞こえないみたい、、、。
何度も声をかけたりチャイムを鳴らしたり、、、。
やっと顔が現れた、”あら~~~~っ、あーちゃん?”
時間がないので玄関先で失礼しようとしたが、どうも先生、耳が悪いようでこちらの言うことが通じないことが多い。
勧められるままに上がりこんで少しだけ話をする。
一方的な会話が多い、補聴器を浸けても思うように聞こえないらしい。
84歳になるとか、母も生きていたら84歳、昭和4年生まれだと。
同年だ!
母のこともよく覚えてくれていた、もう55年も前のことなのに。
とても美人だった先生も昔の面影はそのままに少し背が縮んで日と周り小さくなって背も屈んできたような、、、。
母と同年だと知り、またいとおしくなってしまったmikiharb、、、。

野菜を作ったり漬物を作るのが不思議だという、そんなことができるようになったの?

ランドセルが背中いっぱいなほど小さかった女の子がこんな年になり一人で野菜作りをしているのは、やっぱり不思議なことなんでしょうね。

そのうちまた訪問客があったので退散する。
またね!と約束した。
ず~~~~と昔のことなのに、この先生のことだけは不思議なほど鮮明に覚えていた。
ほかにもいろんな学年で担任がいたが、会いたいとか懐かしいと思う人はそんなにいない。
同級会にいつも顔を出してくれる先生にはそれなりの思い出はあるが、、、。
このS先生、一人暮らし、、、。
これからも時々実家に帰った折に訪ねてみようと思ったものだ。
いつまで元気でいてくれるかしら?
今度の同級会には是が非でも参加してほしい、、、と願っているのだけれど。

お泊りだったら先生もゆっくりしてくれるかしら?
またあれこれ考えると楽しくなっちゃう!