児童長選挙
 振り返っても馴染みのない言葉だ。あのころ、そんなものが存在していたのかどうか定かではない。

 一週間前、風呂の中で子供が話していた。

 「来週、児童長の選挙があるねん。それにな、D君が立候補してるんや」

 D君と息子とは仲がいい。去年、四年生のとき町内に越してきて、よく遊ぶようになった。が、D君はいわゆる悪ガキだった。少々太めながら体格もよろしく、ぐれていて、ませてもいた。よくチクルやつを殴っては、更年期障害丸出しの女教諭に、ヒステリックに叱られ殴られた。「くそばばあ!」と反抗することもしばしばだった。

 五年生になってから、ちと襟を正し、それなりに真面目に勉強をするようになった。うちに遊びにきたとき、ぼくには礼儀正しい少年だ。担任が変わると児童も変わる。四年間息子と同じクラスが続いていて、五年生の担任は、奇しくもぼくの高校の二年後輩で、人気のかわいこちゃんだった。

 話が逸れた。児童長の選挙である。体育館で立会演説会なるものがあり、応援演説も合わせてあるという。小学生といえどもなかなかに本格的だ。さてさて、D君がどれだけの弁を振るえたのか、息子いうにはけっこうよかったということだった。

 で、今日が投票日だった。即日開票の結果、D君は4票差で惜しくも当選ならず、U子ちゃんが児童長に選ばれた。よくよく聞いてみると、立候補したのは5人だった。そのうち、女子児童はU子ちゃんただ一人、男子児童が4人も出ていた。それじゃ、いくらがんばっても勝てるわけがない。総裁選挙のように過半数をとれなければ、上位二名で決選投票というルールでもあれば別だったろうが。

 D君の戦いは、試合に勝って勝負に敗れたとでもいえる善戦だった。今度遊びにきたらうまいものでもおごってやろう。悪ガキ転じて、児童長に立候補し、清々しい敗戦をしたことを褒めてつかわそう。大人の世界なら、勝つために邪魔者を排除する。談合をして、票のとれそうにないものに断念させる。小学生ならではの選挙戦だった。学歴詐称もありはしないし、根回しなるものも存在しない。ただただ純粋に抱負を語り、結果をやすやすと受けいれる。

 息子たちはまっすぐに少年時代を生きているんだ。