エースをねらえ
 今週はタフな毎日だったから、今日はゆっくりと朝寝をするつもりだった。昨晩、確定申告の計算をしていて、遅くなったことでもあったし。

 八時過ぎ、携帯が鳴った。誰からだろう、ひょっとしてあの子からかなと受信ボタンを押した。寝ぼけまなこからいっぺんに目が覚めた。野暮な男からの電話だった。明日雨みたいだから、今からゴルフに行こうと誘ってきたのだ。

 デートの誘いは断れるくせに、休日のゴルフの誘いは断れない。布団から這い出るようにして起きて、朝食をとってから身支度を整えた。どうも疲れがひどく残っている。念のため、ヤフー天気予報で確かめてみると、明日は午前中少し雨が残るものの、気温は今日より高く、午後からは晴れとなっているではないか。

 車を運転しているあいだも頭がぼけていた。ゴルフ場へ向かう道中、調子が悪そうな予感がした。いやな予感はもうひとつあって、フルバックからのラウンドであるような気がした。そして、たぶん握りで負けるような・・・。

 その予感は全部当たっていた。出だしからトリプルボギーではじまり、タボ、ボギ、ボギーと続いた。ようやく五番、六番でパーが続きどうにか格好がついてきたときだった。ラッキーセブン、七番ホールのパー3、155ヤードのショートホールへやってきた。

 かなりのアゲンストの風が吹いていた。そこで持ったクラブは7番アイアン、芯で捉えたボールは高く舞い上がった。ピンフラッグめがけて真っ直ぐに飛んでいった。カップの三十センチ手前に落ちたボールは、ワンバウンドでピンに当たり、そのままカップに吸い込まれていった。イーグルだ。エースだ。やったぁ、ホール・イン・ワンだ!

 「今日はハーフでやめて、有馬温泉へ繰り出そう! 一人十万で三十万円くらい使わなあかんで」 電話してきたやつの声である。

 「うわぁ、うれしい!」 キャディーさんの悲鳴である。

 しばし呆然として、黙して語らずはミラクルショットをした男である。残念ながらぼくではない。ぼくはこのホール・イン・ワンのおかげで、握りの負けが近年にない数字に膨らんでいた。ぼくは唖然としていた。そして、徐々にうらやましさがこみあげてきた。

 「悪いんやけど、内緒にしといてくれへんかな。保険入ってないんや。キャディーさん、マスター室には黙っといて。あんたにだけは祝儀渡すから・・・」

 「あかん、あかん。三十万くらい、ぱっと使わんと。終わってから有馬温泉や。おれら、ゴルフ始めて二十年になるけど、いっぺんも経験したことないんや。こんなときにお祝いせんとどないするんや」 同級生だけあってなかなか口をふさがない。

 よくよく考えると、ホール・イン・ワン保険を掛け出して10年になる。クラブの修理や傷害のほうで十二分に元はとっているが、エースの経験は一度もない。他人のホール・イン・ワンを見るのはこれで二度目だ。惜しいやつは5〜6度あった。ミドルホールでのイーグルはなんどかあった。このごろは下手くそになって、グリーンに乗せることすらままならない。

 天気最高、スコア最悪の一日だった。エースの彼は仕事が残っているからと早々に退散した。後日二人をどこかのゴルフ場へ招くからと言い残して。よくビジターで日曜日につきあってくれる彼に、散財はさせたくない。辞退するつもりだ。

 明日の朝、空が晴れてたら、倶楽部へ電話して、メンバース・タイムの中へ入れてもらって、一人でいいから今日のリベンジを果たそう。これからは、ショートホールでは、いつもエースをねらっていこう。じゃないと、永遠にホール・イン・ワンを達成できないままお骨になってしまう。

 自分のワンショットで、自分の目で白球を追いながら、カップ・インするのを見届けてみたい。自分だけの中でいい、大歓声に祝福され、うっとりとなってみたい、とても。もし、ホール・イン・ワンできたなら、全財産とまではいわないけど、100万円くらいなら振る舞ってもいい。叶えることが可能な夢、それがエースだ!