実は
 映画を見た帰りの車の中でのこと。息子は思いのほか早く映画を見に行けたので、おもしろかったのでご機嫌だ。かみさんが、ラストシーンで涙が流れてしかたがなかったといった。それで少々心中穏やかでなくなった。かつてはなけなしの金で、ささやかなデートとして、いっしょに映画を見て、胸いっぱいになったではなかったか。

 なんだか取り残されたような気になった。取り繕うように「ふ〜ん」と頷いてみせた。すると、さらにいけなくなった。「おとうさんは毎日忙しいから疲れているもんね」と息子にいいきかせる。居眠りしてたことを知っていたのである。

 スケールの大きい映画だった。でも、ぼくはあの妖怪、スメルジャコフが気色悪くてたまらなかった。あいつが出てくるたび、あいつがしゃべるたび、サムよ早くやっちまえ、消してしまえと思ったのだ。いや、スメアゴルだった。今子供に聞いてきた。すぐに名前をまちがえてしまう。スメルジャコフなんてやつは、ドストエフスキーの小説に出てくる癲癇もちの悪魔だ。悔しいが、20年以上前のことをまだ覚えている。

 近頃、懐古趣味なるものが芽生えたのかもしれない。で、今さっき、アマゾンで巷説百物語、続巷説百物語を注文したところ。あしたかあさって、ペリカン便で着くだろう。あほっ、それをいうなら怪奇趣味だ。