後巷説百物語
 一陣の風が吹いた。
 ――御行 奉為(おんぎょうしたてまつる)
 と鈴が、りんと鳴った。

 この行(くだり)がなんともいえないのでございます。小股潜りの又一が織りなす、綺譚、怪談七変化。語り手、作者の分身山岡百介一白翁の小気味よさに惹きこまれて候。これぞ読み物小説。憂いを忘れて楽しめること楽しめること。怖くはありませんよ。御伽噺のようなものですからね。舌先三寸口八丁、世に不思議なし、世凡(すべ)て不思議ありでございます。ご一読いただくとほんとうにうれしゅうございます。


 「恵比寿像の顔が赤くなるときは、恐ろしい災厄が襲う」明治十年、一等巡査長の矢作剣之進は、ある島の珍奇な伝説の真偽をめぐり、友人らと言い争いになる。議論に収拾はつかず、ついに一同は、解を求め、東京のはずれに庵を結ぶ隠居老人を訪ねることにした。

 本書に収められた綺譚は、上記の「赤えいの魚」、御行の又市が代官に斬られてその首が炎の怪と化す「天火」、放蕩息子が一家の守り塚に七十年も前に封印されていた蛇にかみ殺される「手負蛇」、神隠しにあった娘が子連れで発見されたが娘は子供の父親を人間業ではない怪力の持ち主だと言いはる「山男」、青鷺のロマンあふれる「五位の光」など。そして、最後が百物語のフィナーレを飾る「風の神」、語り部山岡百介が、小股潜りの又一のつもりになった最初にして最後の仕掛けが功を奏す。

 とりわけ「赤えいの魚」「天火」のニ作は圧巻のあやかし絵巻といえよう。