寝取られ亭主
 寝取ったことを自慢する亭主族がいる。が、彼らは自分たちもまたその存在であることを疑ってかかったことがない。自分の女房だけはと信じきっているのかどうかは知らないが、自分がドジな亭主でないと確信を持っているようである。

 寝取られた亭主がドジな存在なら、寝取る側の亭主の女房もドジな存在である。が、そんなに人生は甘かない。能天気でいつものほほんとしている男女がいれば、目聡く配偶者の不行状を見てみぬふりをして、マイペースで好き放題なことをやってのける男と女がいるものだ。

 当然、そんな関係には多少なりともひびが入っている。子供がいて、ひとつの家族が形成されていれば、それは積み木のようにもろくも崩れやすい。うまくやってのけているつもりでも、いつか必ずしっぺ返しがくる。

 Aさんは安定した大会社の勤勉なサラリーマンだった。Aさんは結婚以来、10年以上、妻の浮気に気づかなかった。妻を信じて疑わなかった。総合病院の看護婦という仕事の性質上、三交代制のため、生活のすれちがいは仕方がないものと思っていた。

 Aさんの妻が誰彼とはなく遊んでいる間は、たいした問題は起こらなかった。彼女は多情で淫乱だったが、家を滅茶苦茶にするようなことはなかった。子供の世話をきちんとし、家事炊事はそれなりにこなしていた。

 ところが、Iの紹介でKを知ったとき、彼女は変わった。夫婦という関係の倦怠期に来ていたのかもしれない。のちのIの話によると、Kは精力絶倫だったので、彼女は未知の世界にたどりついたような夢見心地になったという。

 それから数ヶ月、近所ではミニベンの男が出入りしているという噂がたちはじめた。元々男関係の噂が絶えない夫人であったのだが、今度ばかりは常軌を逸していた。むろんAさんの知るところとなり、Aさんは浮気をやめてくれと懇願したらしい。血しぶきあがるほど頬でもひっ叩き、三行半でも叩きつけるような御仁なら、納まる鞘に収まったのかもしれない。Aさんの懇願によって、Aさんは離婚を要求された。ミニベンの男と切れなくなったからである。

 といって、ミニベンの男はAさんたちの夫婦関係にまで立ち入ってはいない。情に溺れ、自我を忘却していただけのことだ。二匹の溺れた魚は水槽の中を飛び出して、分水嶺のところでもがいていたんだろうと思う。

 その二ヵ月後、Aさんは縊死をした。町内ではミニベンの男が殺したんだと、葬儀のさなかにも口々に噂された。さすがに彼女もショックだったらしく、しばしKとの関係を絶っていた。家族や親戚との詳しいことは聞かされていない。面倒なことであったのは当然であろうし、彼女がそれをどう乗り切ったのか、乗り切れるのかはよくはわからない。

 時がすぎ、ミニベンの男は自らがやばくなった。御内儀の堪忍袋の緒が切れたのである。いくら威風堂々を気取っていても、数十年間寝起きを共にしていたなら、亭主の一挙手一投足で何もかもお見通しだった。これまでの洗いざらいが、数十倍になってはねかえった。

 Kは現在、豚箱へ入りたい心境のようである。ミニベンを売り払い、中古のカローラに乗って、カタログ販売、健康食品の行商を続けている。片や求婚、片や離婚訴訟、身ぐるみ剥いで追い出され、寝取られ亭主の亡霊のいるうちで暮らさなければならない逼迫した状況なのである。

 寝取りも寝取られもしたくはない。深みにはまり込み、自らの人生を粉々にしてしまうなんて・・・、お遊びがお遊びでなくなることがあるものだ。立つ鳥後を濁さず、人生はきれいな終わりかたをしなければと思うのである。