慢性疲労症候群
 診療外の時間のことである。たまたまその言葉を口にしたら、医者が答えるにはなかなかの難病のようである。ぼくはいつもしんどいのでそんな言葉が浮かんだのだが、その病気はしんどさの度合いが著しいらしいのである。ひどいときは動くことさえままならず、横になっているしかない。全身倦怠感、疲労感を主とする疾患で、介助が必要な場合もあるようである。多彩な症状が6ヶ月以上多岐にわたり、再発を繰り返し、回復に3〜5年もかかるようである。ウィルス説があるものの、いまだ原因不明で治療方法が確立されておらず、悩ましい現代病となっている。

 で、その診断を下すまえ、医者は検査の結果、諸症状が当人の自覚症状だけのとき、自律神経失調症を疑うのだそうである。自律神経失調症とは、いわゆるうつ病のこと。ひとは自分がうつだと気づくまえ、理由のない疲労を感じはじめるのだそうだ。理由のない悲しみとはちがう。めぐるましく錯綜する事象、悲しみ、苦悩、絶望、疲労などが原因となるときはある。

 「じゃあ、先生、ぼくはうつ病なのでしょうか?」 こう尋ねると、「ふ〜む、うつは煩悩が多いひとや神経質なひとがよくかかる。精神が強靭でないひと、律儀すぎるひと、責任感が強すぎるひとがよくかかる。ちゃらんぽらんなひとはまずかからないね」。

 ちゃらんぽらんとはぼくのことであろうか? 心外な。「ぼくもいろいろと悩みを抱えているんです。人並み以上に煩悩もあるし、責任という気苦労だって毎日山のようにしているんですがね」

 「よくいうわな。ゴルフの握りでひとの財布から抜きとる根性しといて、どこが慢性疲労症候群なんや。うつは薬物療法と休養とで治るけど、そっちのほうは永遠の難病や。あんた、このごろいい子にめぐりあえないからストレスたまっているんとちがうか?」

 彼は医者とはいえゴルフ仲間でもある。ぼくはちょっぴりむっとした。それを見たドクターは引き出しの中から写真集を取り出した。スケベなドクター、はやりの美女写真集である。「どや、元気でたか?」

 「ああ、あほらし。こんなもんで元気が出るなら、ヘルスにでも行っとるわい」 あげく、医者がくれたのはただのビタミン剤、タケダのマークに329の数字がついていた。なんの効用があるのか、たぶん気休めにもならず、消費期限がすぎるまで飲まずにおいておくことだろう。

 そろそろ午後の診察の開始である。医院を辞するとき、看護婦のエミちゃんと出くわした。「うわあ、Kさんお久しぶり。お元気ですか?」 うひゃあ、こりゃついてる。エミちゃんは高嶺の花の看護婦だ。

 「エミちゃん、今夜、夕食に行かないか。この二日ほどチョンガーでね、月夜の姫路城でも眺めながらフランス料理でもどうかな?」

 「先生とおんなじこといってる。月夜の姫路城見ながらのディナーって、お二人の定番なんですか? それで、どこがお悪かったの?」