トラキチ
 関西では、いや全国区でにわかタイガースファンが急激にふえているようだ。18年ぶりの悲願の優勝がほぼ確定的になってきたとともに、勝ち数が100勝に達するほどのすさまじい勢いで勝ちまくるからだ。今年はほかのチームがことごとくよわっちいからでもあるが、それでも今年のタイガースは18年前よりもかなり強いと断言できる。苦節18年、1998年に38年ぶりの優勝を遂げた横浜ベイスターズには及ばないが、ほんまもんのタイガースファンには感極まる快進撃だろう。セントラルリーグのペナントレース自体はちっとも面白くないのだが。

 ところでぼくは関西人だが、タイガースファンじゃない。むろんジャイアンツファンでもない。が、関西に本拠地を置くセントラルリーグの球団はタイガースしかない。だから、セリーグのプロ野球の公式戦は甲子園球場でしか見たことがない。

 学生時代から年に2〜3度、甲子園球場へ足を運んでいた。もちろん座る席は三塁側もしくはレフトスタンド、ビジターチームのごくわずかなファンのあたりだ。あのころトラキチなる熱狂的なファンを知った。勝てば官軍、負ければひいきのひきだおし、彼らとともに帰りの阪神電車に乗ったなら、雄叫びあげてやかましいやら、かわいさあまって憎さ百倍、恐怖の阪神電車と化すのであった。

 昨日、ベイスターズ戦が16連勝でストップした。9回の裏2アウトランナーなし、3点ビハインドの場面である。藤本選手の打球はレフト線のファールフライ、多村左翼手がスライディングキャッチを試みようとしたとき、多村選手めがけてマスコットバットが数本投げ込まれた。幸い多村選手はボールをキャッチしゲームセットとなったが、捕球した瞬間何ごとが起こったのかと目を白黒させていた。心ないファンである。ゲーム終了後、星野仙一監督は怒り心頭で、『甲子園球場では胴上げをしない』とまで発言をした。長良川球場でのスプレー事件や赤星選手への髪切り事件なども起因をしている。数日前、星野監督はストレス性高血圧で、ゲーム中に一時吐き気と眩暈で倒れていた。

 20年以上前、江夏投手がタイガースのエースだったとき、あと一勝ができずにジャイアンツに優勝をさらわれた。ドラゴンズとの最終戦に勝てば優勝、ナゴヤ球場で対中日戦に臨んでいた時、ジャイアンツは翌日のタイガース最終戦のため、新幹線で甲子園球場へと移動のさなかだった。先発は江夏豊、対するドラゴンズの先発は星野仙一、そのときすでにジャイアンツには自力優勝がなくなっていた。タイガースの先発の大方の予想は、ドラゴンズにめっぽう強い上田次朗、万が一の敗戦のとき、ジャイアンツとの決定戦に江夏豊だった。

 が、勝てるとふんだのか、功をあせったのか、目前の一勝にタイガースは必死だった。ジャイアンツとの優勝決定戦には持ち込みたくなかった。あの試合、タイガースの選手は金縛りにあったようだった。試合後、星野仙一が語っている。『俺は阪神に優勝してもらいたかった。だから、ど真ん中ばかり放っていた。投げながら、なんで、よう打たんのかと思った。あれが優勝へのプレッシャーか』 江夏もピリっとせず、タイガースはドラゴンズに3対2で敗れた。この敗戦はのちに、大エース江夏を放出するにいたる伏線となった。

 翌日の甲子園球場、金縛り状態のタイガーズと前日の宿舎であきらめていたV復活にのろしをあげる百戦錬磨のジャイアンツとでは、戦う前から勝敗は決まっていたといえる。先発の上田次朗は、ジャイアンツ戦になると今でいうチキンハート、対するジャイアンツはタイガーズキラーのサウスポー高橋一三だった。あのころジャイアンツには長嶋茂雄がいて、王貞治がいた。

 それでもタイガーズファンは伝統の一戦に最後の夢を託し、名古屋に続いて熱狂的な応援に駆けつけた。地元甲子園での胴上げは願ったり叶ったりだったからだ。が、上田はめった打ちにされ、タイガーズ打線は高橋の前に音なしだった。結果、16対0の完敗であった。その日、ジャイアンツは胴上げできなかった。憤ったファンがグランドになだれこみ暴徒と化した。西宮警察署から数十台のパトカーがサイレンを鳴らして駆けつけたのはいうまでもない。後味の悪い敗戦だった。1973年のこと、ジャイアンツが川上哲治監督の下、9連覇を達成した年でもある。それからタイガースが勝利の女神に微笑まれるまで12年を要することになった。

 そして、その1985年より今年は18年ぶりである。この18年間という期間は、タイガースがどのチームよりも弱かった長く苦しい年月である。常に下位に低迷し、星野監督就任前、5年間は連続最下位だった。ついにトラキチは喜ぶことも怒ることすら忘れてしまったようだった。

 今年のペナントレースは、日々夢見るような心地だろう。真摯なファンは強きときも弱きときもいつもタイガースを応援している。が、にわか熱狂ファンは心変わりが激しく、勝ち負けばかりにこだわって、真のスポーツというものを愛していない。解説者にも似たような輩が多いのも特徴である。相手チームを応援している視聴者もいるはずなのに、やたら身びいききわまりないでたらめな話をする。心して欲しいものだ。

 奇しくも1973年に、タイガースの優勝を遮った星野仙一が、タイガースの監督として18年ぶりの優勝へ邁進している。甲子園球場で見事な胴上げを全国のプロ野球ファンに見せるためにも、トラキチなる応援団にはどうか紳士であってもらいたい、と切に願うのである。