オキーフの恋人 オズワルドの追憶 上下巻
 先月、書棚の奥へうっちゃっていたこの本を読んでいた。二つの小説の主人公の男性が、登場してくる女性と片っ端から関係を持っていき、それがしばしばにわたるものだから、ついには辟易して引き違い書庫の裏側へ放りこんでいたのである。が、3.360円(奇しくもイートレードの現物株取引と同じ値段だ)が惜しくなって、一応元をとろうと思った。そうして、途中から惹きこまれそうになった。面白くなってきたのである。初版ものだけに値打ちが出るかもしれないなどと思ったりはしなかった。

 『オキーフの恋人』の主人公小林慎一郎は、作者を投影しているようでもある。ペニスを持った女のインナーチャイルドをかかえる小林青年は、登場人物の三人の女性と千差万別のセックスをする。そして、小林青年が編集を受け持つ作家、高坂 譲の探偵小説『オズワルドの追憶』の主人公、夢想賢治もやっぱり登場人物の三人の女性と千差万別のセックスをする。フランス書院のポルノ小説を髣髴させる場面がなくもない。

 『オキーフの恋人』は文学小説のようであり、『オズワルドの追憶』は推理小説のようでもある。が、そうでもない。『オキーフの恋人』で始まったその二作は、交互に六章までが入れ替わり、エンディングは『オキーフの恋人』で締めくくられる。探偵小説『オズワルドの追憶』はかっちり犯人が見つかり完結をみている。

 『オズワルドの追憶』は著者の辻 仁成が週刊ポスト誌に1998年43号から68回連載した『探偵』をベースに、大幅な加筆と訂正が加えられたものである。『オキーフの恋人』は書下ろし作品である。『オキーフの恋人』のほうは、この小説における辻氏のブラウン管のようなものであり、『オズワルドの追憶』はそれに映し出されるテレビドラマのようなものだ。別々な小説として読むことは十分可能だが、主体的な骨格はあくまで『オキーフの恋人』にもっていかれている。

 感想を書くにもストリーを書くにも実に面倒な小説だ。けっこう楽しみながら読んでいたのだが、、『オズワルドの追憶』の第五章と最終章は、どうにもこうにもしっちゃかめっちゃかで、なるほどと思ったり、こじつけだ、気を衒いすぎているとげっそりしたりだった。またどうも角川の『冷静と情熱のあいだ』のブルーとローゼじゃないけど、辻氏はかなりな凝り性のようだ。上下巻で約800ページ、『オキーフの恋人』は一段、『オズワルドの追憶』は二段で、一ページの文字の量もかなり違っている。

 で、面白かったか、よかったかどうかと尋ねられても、ぼくにはよくわからないと答えるしかない。よくわからない小説なのである。時間つぶしにはよいかもしれないが、何かを得ようと期待する向きには芳しくないかもしれない。辻氏のエンターテイメントを味わえるかどうか、それはその人自身にしかわからない。

 ちなみにオキーフは、ジョージア・オキーフ、アメリカの女性画家である。またオズワルドは、かの合衆国大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディーを暗殺したとされる人物である。