リバイバル映画
 1970年代はリバイバル映画の最盛期だった。今でこそ、ビデオやDVDというホームムービーがあり、過去作品のほとんどを家庭で見ることができるが、あの時代の若者はリバイバルでしか往年の名作を見ることができなかった。

 現在のように新作が次々と現れ、たちまちに消えていくのを見ていると、一部の秀作を除いて、劇場映画というものは、消耗品文化の中心のようでもある。超人気作でも上映期間が半年続くことはまずなく、およそ封切り一年後までには、レンタル可能となり、劇場へ足を運ぶ必要がなくなってしまう。そのことについては、とても便利で、安価で、よい仕組みなのだと思っている。

 「風と共に去りぬ」を見たときのことを忘れない。大阪梅田のOS劇場で、食い入るように三時間半を見続けたこと。インターミッションが入る映画を見たことも初めてだった。あれはおよそ一年間のロングランではなかったろうか。新作ロードショーの「ポセイドン・アドベンチャー」や「卒業」、「ある愛の詩」などが超ロングランを続けている間、「ベンハー」、「ウエストサイド物語」、「エデンの東」などの過去の名作もまたロングランを続けていた。

 また、あのころは名画座なるものがあり、通常より安価で、三本立てで、モノクロのなつかしい映画も上映していた。貧乏学生のたまり場でもあったわけだ。そこでぼくたちは映画音楽なるものに夢中になり、またクラシック映画に触れていった。「鉄道員」、「理由なき反抗」、「第三の男」、「ローマの休日」、「シェルブールの雨傘」、「カサブランカ」など・・・・・、またヒッチコックやチャップリンの数々の映画を経験したのも名画座だった。

 先日、震災で倒壊した旧朝日会館跡の『シネ・リーブル神戸』で「ウエストサイド物語」を見る機会があった。そのミュージカル映画の記憶は、いささかも褪せることなく残っており、その挿入歌のほとんどをともに歌うことができた。あのころ、ぼくたちは現在のクラシック映画を、リバイバル上映という形で知り、一回の料金で一日中何度も見続け、忘れらないものにしていった。それはテレビ画面からえられる映像とは、きっと異なっていたはずなんだと、ぼくは思う。