いまだから風に吹かれて
 最近の五木寛之は悟りを開いたようで面白くはない。「大河の一滴」がベストセラーになって以降,彼の人生訓じみたものはかなりの人々になるほどと思わせるほどだから悪いもんじゃない。彼は少年時代に生と死を賭して生きてきて,その呵責を背負った彼の言葉は軽くはない。戦中戦後を目の当たりに生きた人には,身につまされるものだろうし、今を生きる若い人たちに聞かせたい言葉が数多くある。

 でも、面白くはない。早稲田の露文科を中退して,しゃにむにエンターテイナーの道を歩んでいた30年以上前の作品のほうが,ずっとずっと向こう見ずな作家としての五木寛之らしい。太宰治の「走れメロス」について、同性愛物語だと語ったこと。三島の死について,同じ個人の死なら,同じころ早稲田の穴八幡で死んだ帰化朝鮮人学生の死のほうが比較にならない重さで感じられると言ったこと。面白い話がいっぱいある。

 五木寛之は来年古稀を迎えるという。僕は思う。いまだからこそ、エッセイ「風に吹かれて」を読もう。青年の五木寛之を奨めるのだ。そこには、彼の素晴らしい世界が漂っている。