エンジェルス・エッグ
 僕の本の買い方は、実にアンバランスで気まぐれだ。高校生の女の子が手に持っていた本の題名を見て,一冊つけ加えた。合計五冊,「デッド・ゾーン」「連合赤軍 あさま山荘事件」「フォークランド館の殺人」「旅のガイド イタリア」と「天使の卵」である。

 昨夜衛星放送で、エルトン・ジョンのライブコンサートを聴きながら,おそよ二時間あまりで読んでしまった。きっと,エルトンのバラードがとてもよいBGMになっていたのだろう。何を読んでいたかって,もちろん女子高生が持っていた「天使の卵」である。

 天使の卵は実在のジュエリーの名前であり,銀色の卵に金色の翼がはえたデザインの小さなピアスだった。主人公の19歳の少年が,年上の精神科医の女性に激しく恋をし,切なく,苦しい胸のうちを吐露していくストーリーだ。クリスマス・イヴの夜に、少年が恋する女性に贈ったプレゼントが「天使の卵」。ここであらすじを書くつもりはないので、ストーリーが気になるかたは書店での立ち読みか、作者の印税収入にご協力を。

 作者村山由佳さんは,この恋愛小説によって,スバル文学賞を受賞し、文壇に登場することになるのだが,このどこにでもあるような恋物語について自らこう語っている。「・・・・・格調高い文学でなくていい。全ての人を感動させられなくてもいい。ただ,読んでくれた人のうち,ほんの何人かでいいから心から共感してくれるような,無茶苦茶せつない小説が書きたい。・・・・・」

 僕は無茶苦茶にせつなくはならなかった。けれど、あの女子高生のほうは、きっとせつなく涙していると思えるのだ。石膏のアリアスの胸像ほどには端整でなかったが、こじつける気ならイメージは幼くして似ていた。

 一年以上前のことだ。僕のところへ angels egg というHNの女性がしばしば現れていたことを思いだす。期間はわずか1〜2ヶ月ほどのことだったと思う。今になって思うのだ。彼女もまた「天子の卵」を読んで,無茶苦茶せつなくなったひとりなんだと。曰くはあった。実に信じられないような曰くが――。

 僕は女子高生や女子大生が愛読する「天使の卵」を読んで,ちょっぴり自分の時代に想いを馳せている。あのころに「天使の卵」を読んだなら,無茶苦茶せつなくなっていただろうかと。ほろっと涙しただろうかと。

 ありきたりなストーリーだが,後味は悪くない。めくるめく情愛に身をこがし,性愛に衒うような恋愛小説よりは,こざっぱりしていて心地よい。

 今夜の衛星放送はエリック・クラプトンだが,きのう買ったほかのどの小説も似つかわしくない。イタリアへの旅を夢想しながら,旅のガイドを読むとしよう。

 ちなみに作品中に登場するピアス「天使の卵」は,(株)スペースクリエーターが創造したジュエリーシリーズの一つであり,登録商標「天使の卵」は同社に帰属している。まあ,つまりは市販されているということで,いい頃合いができれば,誰かへのプレゼントに使ってみようと思っている次第である。それは,小説「天使の卵」の作者の弁に対して適切でないかもしれないが,プレゼントとしては、とてもロマンチックなのである。