15年前のセーター
1986年の九月の半ば,はじめてロンドンへ行ったときのことである。

最初にパリに行き,それからドーバー海峡をわたって,ロンドンに着いた。

パリでは爽やかな秋の気候だったが,
ロンドンに着くなり冷ややかな秋の訪れに出くわし,
身支度はその気候にそぐわないものだった。

朝夕はかなり冷え込み,はるかに日本の九月とはちがっていた。
すみきった青空を見ていると,
気温の低さは信じられないほどだったが,
考えてみればロンドンの緯度は樺太のそれとほとんど同じだった。

僕は王室御用達の老舗,ハロッズ百貨店へセーターを買いに行った。
どれもこれもサイズが大きくて,
イギリスのSサイズは日本のMサイズより大きかった。
気にいったデザインのものがあったので,
ちょっとばかりの大きさには辛抱して,
ついでに勧められたベレー帽をいっしょに買った。
セーターはウール100パーセントで、
きなりの素地にワイン色の斜め格子がはいっていた。
ベレー帽は薄茶色のなかなかにアーティストふうのものだった。

ロンドン塔やウォータールーブリッジ,ピカデリーサーカスなどで、
それを着て撮った写真がアルバムにある。
ご機嫌で今よりずっと若さにあふれている。


もうすぐ近所にユニクロが出店してくる。
そのことは去年の末頃から噂されていたのだが,
先行きを案じたなじみの洋品店が自主廃業をしてしまった。
商売上手な後輩だったのだが,
それだけにけがをせぬうちにとあっさりと手を引いてしまった。
小売業はデフレ不況をまともに受けている。

だから,今僕は気軽に洋品を買う店を失っている。
後輩はいつも値引きをしてくれたし,
フッションのセンスもよかったのだ。
ユニクロでは買いたくないし,
百貨店まで出て買う気にもならない。
むろんダイエーなんてとんでもないことだ。

アウターウェアーにだけは、
自分の好みにうるさくありたいといつも思っている。
近くで好みの店はないし,
買い物なんぞにわざわざ三宮まで出るのも面倒だ。

そこで探し物のなかから出てきたのが,
15年前にロンドンで買ったセーターだった。
あれ以来一度も着ていなかった。
あのころよりちょっとふとったせいか
体まわりにも肩幅にもちょうどいい。
ただ,袖の長さは相変わらずで,
七センチほど折りたたまないと手のひらはすっぽりと隠れてしまう。

よく似合っていると妻は言う。
そう言われればまんざらでもない。
外を歩くときベレー帽もかぶっていこうかとも思ってしまう。

ファッションにはサイクルがあると思う。
ミニスカートが流行ったり,流行らなくなったりするように。

もっともっとタンスの中の物を引っ張り出して,
掘り出し物がないか捜してみよう。
時代錯誤にだけは陥らないように心して・・・・・・・。