エルビス・プレスリー
 プレスリーのCD「30ナンバー・ワン・ヒッツ」の焼きつけをすませた。エルビス・プレスリーのナンバーは、洋楽好きなぼくが全くストックしていないもののひとつである。

 ぼくはビートルズ以降の音楽の世代だ。ぼくはプレスリーの歌を幾度となく耳にしたが、レコードを買う気にはなれなかった。1960年代の世界最高のスターだったエルビスを、あのスタイルのせいで、バタくさく感じて好きになれなかったのだと思う。

 古きよきアメリカ人にとって、プレスリーは今なお最高のスターなのかもしれない。史上最高のロックン・ローラーだとも呼ばれている。が、最も記憶にあるのは「ラブ・ミー・テンダー」で、とても情熱的なムードソングだ。焼きつけたCDを聴いている。タイトルまでは覚えていないものの、そのメロディーの多くを記憶している。

 日本でいえば、石原裕次郎がプレスリーに匹敵するのだろう。その生と死において、国民の多くに愛されたという点において、ヒット曲が数多くあるという点において。

 が、今改めて聴いてみて、プレスリーのロックはとても静かだ。代表的な「ハートブレイク・ホテル」「監獄ロック」「ハウンド・ドッグ」においてすら。ビートルズやローリング・ストーンズなどとは全くちがう。といって、ビージーズやベンチャーズみたいに、ソフトでかったるくはない。ジョーン・バエズのようなフォークでは決してない。

 エルビスの死後の1980年代の11歳の少女の話である。聞き手は、コラムニストのボブ・グリーン。

 「クラスの子たちったらみんな、わたしがエルビス・プレスリーを好きだっていうんで、バカにするの」とミシェルはいう。

 ミシェル、ぼくも同じなんだ。いっしょに仕事している連中は、きみの場合と同じ理由で、ぼくをアホだっていうんだよ。

 「エルビスを好きになるなんて変だって、みんながいうの」

 ぼくだっていつもそうなんだ、ミシェル。

 「エルビスはすばらしい歌手だったって、お母さんから聞いたわ。それに今の歌手みたいにへんてこりんじゃなかったって・・・・・」

 ぼくにはうまく説明できたことがないんだけれど・・・・・。

 「でも、エルビスが好きだって友だち、ひとりもいないの」とミシェルは嘆いた。

 ぼくにもいないんだよ。

 「友だちはみんな新しいグループが好きなの。トゥイステッド・シスターとか、Mr.ミスターとかそんなおかしい名前のグループばっかり・・・・・」

 やっぱりぼくだって、そういうの理解できないな。なんで今の歌手たちったら、エルビス・プレスリーみたいな素敵でまっとうな名前をつけないんだろう。

 「エルビスって、とってもハンサムでセクシーだと思うわ」

 そう確かに若かったころはね。

 「死ぬちょっと前だって、ぜんぜんかっこよかったと思うけど」

 とっても彼に親切なんだなあ。

 「ううんちがうの。彼の映画は全部見たけど、いまだってとても素敵よ」

 エルビスがなんで死んじゃったか、きみは知ってる?

 「ドラッグをやってたんでしょ」

 そのことどう思う?

 「エルビスって、若かったころよりずっとよくなってたんじゃない? でも、いくら彼だって、ドラッグはよくないと思うの」

 ぼくもそう思うよ。

 「ともかくわたしは七つか八つのころからエルビスが好きだったんです」

 もう生きていない歌手を好きになるには、ずいぶん早かったんだな、ミシェル。

 「彼はいまごろのスターたちよりぜんぜんセクシーだと思うわ。エルビスはドン・ジョンソンやトニー・ダンザよりセクシーでしょ」

 でも、彼らは生きてるんだよ。

 「そう、エルビスがもう死んじゃってる人だってことが、クラスの友だちがわたしをバカにする大っきい理由なの。死んじゃってる人間、もうどこにもいない人間を好きになるなんて、どうかしてるってわけ」

 子供って、大らかじゃないなあ。

 「何年か前、お母さんと妹といっしょにグレースランドへ行ったの。エルビスの家を見て興奮したわ。お墓へ行ったときは、思わず泣いちゃった」

 そういう人がたくさんいるんだよ。

 「これからずっと時間がたって、誰かエルビスが好きだっていう人がまだいるかどうかわからないけど・・・、11歳で彼が好きなのは、わたしだけよね」

 ずっとそのままでいてよね、ミシェル。


 そうだったんだ。同級生のあいつはエルビスが好きだった。ビートルズでもなく、ボブ・ディランでもなく、グループサウンズや吉田拓郎でもなかった。文化祭で「監獄ロック」を独唱したあいつは、最大暴力団跡目相続闘争で、ハジキをまともに受けて死んじゃったんだ。おまえはあのときのままで死んだんだよな。