薬箱
 デスクの上にトレイが三段重ねてある。爪切りやハサミ、糊や消しゴムなどの小物類、コンタクトレンズの保存液や液体ムヒ、綿棒や糸楊枝などの生活小物、そしてもうひとつ、一番下の段には医薬品が入っている。そこには薬局で市販されている薬ではなく、これまで通院してもらった調剤薬局の薬がストックされている。

 体調を崩して診察を受け、医者に処方してもらったものばかりだ。幸い大事に至った疾病はなく、全部飲むまでに回復したものだから、いろいろな薬が残っている。数年前より、薬剤師が薬の効能、副作用を記した用紙をくれるので、それぞれの薬の用途がすぐにわかる。捨てないで残しておいてよかったと、覚えのある症状がでたときに思うのである。

 風邪薬、胃薬、解熱剤、痛みどめ、誘眠剤などその他もろもろが入っている。いちばん重宝しているのが、整形外科でもらったロキソニン、関節等の緩い痛みどめなのだが、そちらにはあまり効かない。ぎっくり腰や筋肉疲労などは、横になっているのがいちばんの薬だからだ。ぼくは頭が痛いとき、のどが痛いときにそのロキソニンを飲む。それは薬の効能書を読んでぼくが発見したことだ。一錠を飲むと少々効きすぎるので、半分に割って飲むことが多い。

 次によく使うのが胃薬。ガスター10は薬局で買うと保険がきかないから高いが、処方されたものならその30%、ストレスがたまって胃がもたれたり、食欲がないとき、ほんのたまに飲む。誘眠剤も神経がさえすぎて眠れないとき、ときどき半錠だけ飲んでいる。

 で、驚いたのは錠剤が黄ばんでいるのに気がついたとき。友人の薬剤師に尋ねたら、薬品は化学製品なので消費期限があるということ。乾燥剤を入れて、冷暗所に保存していた場合でも、せいぜい四年が限度ということだった。白い錠剤は黄ばんでくれるが、色つきのやつやカプセル薬などは変化がわかりにくい。はてさてと考えてみたら、歯科の痛みどめで十年以上がすぎていたのがあった。あれは親知らずを抜いたときで、色褪せた薬袋に平成2年5月12日とスタンプされていた。

 友人がいうには、期限がすぎたもののたいていは、効き目が薄れ、毒にも薬にもならないが、なかには化学変化を起して副作用をすることがまれにあるらしい。それはカプセルのものに多いようだ。それを聞いたぼくは薬トレイの整理をした。直近の記憶にないもの、変色しているものを片っ端からゴミ箱へ捨てた。すると、薬の種類はたったの五種類になってしまったのである。コンタクトレンズで角膜に傷がついたときの目薬も捨てた。某抗生物質も捨てた。飲んじゃいないが、いかれた同級生の医者がくれた向精神剤も捨てた。

 よくよく考えると、薬なるものは本当に効いていないのかもしれない。人間には自然治癒力というものがある。精神面が安定していれば、ひどくは感じずにすむ痛み苦しみというものがある。薬箱がからに近くなって、少々気寂しくもある。医者に行くのは面倒で好きじゃない。薬にも消費期限というものがあることを知らなかった。けど、薬のどこに期限が書いてあるのか。

 薬剤師いわく、処方された薬は、その日数分を決められた期間で飲むもので、家庭に在庫するものではない。ふん、じゃあなんで、医者は要りもしない薬をたらふく処方するんだい? 机の上のトレイが寂しくなった。かみさんは脱ぐのがいやだから、いつもここへ風邪薬を取りにくる。さて、風邪の季節にこれからどうしたもんだろう?