停電の夜に
 臨時の措置、と通知には書いてあった。五日間だけ、午後八時から一時間の停電になるという。天候が落ちついてきたので、吹雪でやられた箇所の復旧作業をするらしい。停電といっても、この道筋だけのことで、静かな並木道になっていて、ちょっと歩けばレンガの店先が何軒か並び、市電の停留所もある。夫婦が暮らして三年になる。

 上記の書き出しではじまる日本語版表題作、第一篇「停電の夜に」は、ロンドン生まれのインド人女性、ジュンパ・ラヒリの魅力的な短篇である。昨年の六月、九篇からなる単行本として上梓されたものだ。第三篇目の「病気の通訳」は昨年度の『ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズ』に収められている。「停電の夜に」はミラ・ナイール監督が映画化する予定だという。

 三十路に入ったばかりの二人に倦怠期が訪れていた。心のなかには隙間風が吹いていて、修復できないようなすれちがいがあった。停電の夜、電気の消えた闇の中で、妻ショーバがある提案をする。お互いが出逢ってから打ち明けずにいたこと、黙っていたことを告白しあうのだ。二人にはなぜか新鮮なことだった。たった一時間の停電の時間、それが二人の関係を回復させるかにある。話の後で、遠ざかっていた肌の悦びを思い出し、夫婦という関係の機微をとりもどしたかにもある。五日目、停電が一日早く終了したことを知り、夫シュクマールは落胆を隠せない。でも、妻は電気をつけず、同じようにろうそくだけで食事をしようと言った。シュクマールはそれで夫婦の危機は去ったと思った。

 でも、隠し事は残っていた。ショーバの激白にやり返すシュクマール、ラストの二ページは、ありきたりの予想をたくみに裏切って、鮮烈な心象をもたらしていく。

 シュクマールは立ち上がり、二人の皿を重ねて流しへ持っていったが、水道をひねることもなく窓の外を見た。まだ暖かさの残る宵で、腕を組むブラッドフォード夫妻が歩いていた。この夫婦を見ていたら、うしろの部屋が急に暗くなった。振り向けば、ショーバが電気を消したのだった。彼女はテーブルにもどった。ひと呼吸おいてシュクマールも座った。二人で泣いた。知ってしまったことに泣けた。