備えあれば もしくは後顧の憂い
 歯の治療を受けているとき、メールが入ってくる音が心臓に響いた。左胸のポケットに携帯を入れていたからだ。治療のお礼をドクターに述べ、支払いを終えてからメールを開いてみた。

 「今日は家にいる? 今メール送った。返事待つ!」

 「今、歯医者さん。もうすぐ帰る」

 返信をして、ハンドルを握り、我が家へと向かう。また、メールが入ってきた。即レスだ。

 「ごめん、びっくりさせて。hotmail に『ウィルスに感染しています』が出た。そちらからのメールがもしあったら、開けないでね」

 よく意味がわからなかったし、彼女はひどいパソコン音痴なので、たぶん頓珍漢なことを言っているのだろうと思っていた。ウィルスに感染したとわかっているのなら、OE であろうと hotmail だろうと相手にメールなど送信しないのが常識だ。けれど、目の前で説明してやるのに500キロほど離れている。

 午後の仕事の始まりにネットにつないでみた。取引の確認をして、それから hotmail へパスワード、果たして受信メールはありはしなかった。次にOEを開いてみると、なんとウィルス感染の経緯を知らせるメールが来ているではないか。幸いウィルスバスターが反応しなかったので、彼女のパソコンは汚染されていなかったようだが、僕はあいた口がふさがらなかった。彼女は伝染病ウィルスのことを全然わかっちゃいないのだ。

 たぶん、ベッキーを使っていたことが幸いしたのだろう。パソコン音痴の彼女にベッキーを使わせた男性は、実に賢明だったといえる。意味不明の添付ファイルつきメールが届いていて、わからぬまま、疑心暗鬼でマイクロソフト社の hotmail に転送したのだという。で、そっちで添付ファイルを開いて、『ウィルスに感染しています』という、あっと驚く表示をもらったという顛末。

 災いが降りかかってこなくてラッキーだったと思うべきか、災害は忘れたころにやってくる。備えあれば憂いなし、僕がこの新しい液晶パソコンに、ウィルスバスターの新規登録をしたのはおとといだった。