マルヴェッツィ館の殺人
 久しぶりに読みごたえのあるミステリーに出会うことができた。ミステリー好き,歴史好き,イタリア好き,音楽好き,オペラ好きの人には堪えられないだろう。北イタリアの風光明媚なコモ湖とミラノの社交界がその舞台となっている。
 
 上巻は時間がなくて進み具合が悪かったが,下巻のほうは今日の午後だけであっという間に読み終えてしまった。時代背景は19世紀初頭。ナポリ,ピエモンテ,ロンバルディアなど各地方が独立した一国をなしていて,イタリアとしての統一はされていない。とりわけ北イタリアでは,フランス,オーストリアの侵略をたびたび受け,ナポレオンに同調する自由主義者たちが暗躍する混乱の時代だった。

 「マルヴェッツィ館」はミラノの北,コモ湖のほとりにある豪奢な別邸である。ある夜,マルヴェッツィ家の当主,ロドヴィコ侯爵が殺害される。しかし,ロドヴィコの死は病死として隠され,四年半を経たのち、突如殺人事件として発覚する。ロドヴィコの死の前後,ロドヴィコに庇護を受けていた謎のテノール歌手オルフェオが、行方をくらませたとして、重要容疑者として手配される。
 
 別邸に集まる登場人物のほとんどが殺意を持っていた。ロンドン社交界一のダンディー、ジュリアン・ケストレルは,ミラノ警察捜査指揮官グリマーニに対抗して独自の捜査を開始する。美しき未亡人ベアトリーチェへの恋に苦しみながらも、一人の男ジュリアンとしてよりも,探偵としてのケストレルを優先させ,冷静に犯人を追っていく。そこには驚くべき真実が,次々と・・・・・・・。

 絶体絶命のピンチ,ジュリアンが唯一犯したミスが事件を迷宮入りさせようとする。が、ジュリアンが死を賭した賭けが、すべてを解明に導いていく。

 また、犯人探しもさることながら,作者が綴る19世紀の北イタリア、コモ湖の情景、時代描写、音楽(とりわけオペラ)なども読者を楽しませてくれる。

 残念ながら,ジュリアン・ケストレルという素晴らしいキャラクターを生み出し,当作品で1998年度アガサ賞最優秀賞を受賞したケイト・ロスは,その年の3月,癌のため41歳という若さで逝去している。「マルヴェッツィ館の殺人」は彼女の第4作にあたり,以後ジュリアン・ケストレルの活躍を見ることはできなくなった。

 講談社からすでに刊行されている「ベルガード館の殺人」 「フォークランド館の殺人」 を読むばかりである。