恋愛小説 補足
 聡史は運命をくつがえすことができないと悟ると、毎日、花束を抱えてひたすら病院へ通った。どれほどの日々が過ぎただろうか。日増しに瑞樹の容態は悪化していった。瑞樹の意識は薬の副作用でときとして朦朧となり、つややかだった肌の色も褪せていった。見るも痛々しい恋人の姿だった。

 静まった夜の時間に、聡史はいつものように花束を持って瑞樹の病室を訪れた。と、ベッドの上に瑞樹が大きく両手を広げて立っていた。頭には包帯が巻かれている。照明に映し出された真っ白な映像、あれは聡史が「死神」と呼ばれていたころ、月を見て、自分を変身させようとしていたときと同じ姿だった。

 聡史が呆然として、瑞樹の名を呼んだとき、瑞樹は真後ろに倒れてきた。再び瑞樹を受けとめた聡史、瑞樹が最後の言葉を発する。「聡史のせいじゃないんだからね。約束して、自分のせいじゃないって」

 一年後、遺書を書き終え、死を決行しようとする聡史の前に瑞樹の遺志が現れる。家のところどころに掛けられた十枚ほどの絵画の裏には、瑞樹のメッセージが残されていた。聡史の豪邸の隅々を探索するのが好きだった瑞樹、とりわけ書物と絵画を好んでいた。自分の運命を予期していたわけではなかったのだろうが、図らずも瑞樹から聡史への遺書となっていた。

 よく目を凝らして見ると、落下した額の元の位置には「運命に負けるな」とあった。「死神なんかじゃない」、「もっと笑え」、「元気を出して」、「くよくよするな」、そして、裸婦の絵画のところには大きなハートの中に「愛している」とあったのだ。それから聡史がどうなったか、現在のところ宏行は知らない。

 宏行は遺書作成のアルバイト料を受け取らなかった。受け取ってしまえば、二度と聡史とは会えないような気がしたからだ。その夜、聡史が命を断つ予感があった。そして、自分の運命についても不安を感じていた。

 元恋人に長いメールを打っていた。裏切られた恨みより、残った愛のほうが強かった。聡史にも自分にも不安を感じながらも、元恋人に気持ちを伝えることに気持ちが逸っていた。そして、駅の階段を踏み外した。

 頭から血を流して倒れていた。生きているのか死んでいるのか、野次馬たちが取り囲んでいた。なかなか動く気配を見せなかった。だめかと思ったとき、瞼が少し動いた。額が割れていた。「いてて」と手で出血を確認し、ポケットからハンカチを出そうとした。ハンカチといっしょに山のような薬がポケットからこぼれ落ちた。聡史の今夜飲むはずのすべての薬だった。すると、「宏行!」と女の声がした。

 宏行は回想する。自分は聡史の運命から逃れることができたのだろうかと。そのことによって、聡史も死神でなかったのだろうかと。よくはわからない。わかっていることは自分たちが元の鞘に納まったこと、けががたいしたことがなかったこと。

 さて、それから後のこと、詳しいことはご自身の想像力を働かせて物語を紡ぎだしていくか、原作本もしくはドラマを楽しまれることでしょう。では、これにて。