阪神タイガース
 いやはや、どたばたの多い球団である。日本シリーズ開幕直前に監督の勇退を報道されるとは。福岡ドームでの二連敗について、選手個々の日本一になるんだというモチベーションが、レギュラーシーズンと比べて無意識に下がっていた。『監督が何でこんなときにやめるんだ? 健康上の理由とはいえ、公表するのはシリーズが終わってからでいいではないか!』と感じたものは、我々だけでなく、より選手たちの胸中に去来したことだろう。

 昨夜遅くから雨が降りつづいている。午後六時ごろからの降水確率は低いようだが、空を見ているとやむ気配すらない。今日の試合は中止になったほうがいいと思う。事務の女性がヤフーのオークションで、今日の第三戦のチケットを手に入れたらしく、午後から休みをとっている。『甲子園へ行くのかい?』と尋ねたとき、『えへへ』と苦笑していた。彼女は三十路後半ながら独身で、大のトラキチである。

 ぼくは地元タイガースファンではない。けれど、プロ野球の一年で最高の舞台に水を差されたくはない。星野仙一の勇退報道には阪神球団独特の体質がからんでいる。本日、球団社長がセリーグコミッショナーに、間の悪い今回の騒動のわびをいれるそうだが、この時期では『星野仙一、見事、あっぱれの勇退』とは言い難い。

 甲子園で二勝はして、福岡へ戻って欲しいと思う。万が一、四連敗でもしようものなら、タイガースは、海の向こうで86年間ワールドシリーズ出場から見放されている名門レッドソックスの二の舞となるかもしれない。レッドソックスは、かのベーブ・ルースをヤンキースへ放出して以来、86年間ワールドシリーズに出場できていない。アメリカでは、伝統あるそのチームの不運に『バンビーノの呪い』と名づけている。バンビーノとはベーブ・ルースの愛称、先週の逆転負けで、翌年もまた語り継がれる伝説となった。

 タイガース対ジャイアンツをプロ野球ファンは伝統の一戦と呼ぶ。が、日本に12球団制ができた昭和25年より、タイガースは今年を含めてセントラルリーグで4回しか優勝していない。それは横浜ベイスターズの2回に次ぐビリから2番目。また、ジャイアンツと熾烈な争いを演じて優勝したことはなく、昭和37,39年の優勝は大洋ホエールズ(現横浜)がずっこけてくれて、棚からぼた餅の優勝だった。1985年も今年もジャイアンツはどうにか3位で、初めからずっこけていた。日本一はベイスターズの後塵を拝し、1985年にたった一度優勝したのみである。

 雨は全くやみそうにない。やむどころか激しくなってきた。今、新幹線で東京から駆けつけている友人の心中を察してあまりある。スポーツ新聞記者となり、デスクに昇進し、二人の息子が共に阪神ファンとなり、その息子たちは生まれてはじめて勝利の美酒に酔うことができたのだ。星野仙一の胴上げを見ながら、二人の青年は涙をこぼしたと聞いた。

 星野仙一と阪神球団の間で何があったのかは知らない。が、まちがいなく行き違い、トラブルじみたものがあった。球団、会社の体質に起因するもののようである。主力投手の平均年齢23歳のホークスに比べて、タイガースのそれは、井川以外ほとんど30代半ばだ。野手にしてしかり、レギュラーの20代はたった3人。今年の快進撃が、1985年と同じようにたった一年限りで終わる可能性大なのに、そろばんばかりはじいて危機感が喪失している。今年は他のチームが弱すぎたというべきなのに・・・。

 海の向こうでは一人の日本人が血沸き肉踊る活躍を見せている。『バンビーノの呪い』伝説を継続させたのも彼だ。無駄足になる友人には悪いが、雨々降れ降れもっと降れである。もう少し星野勇退の余韻を振り払う時間が必要だ。一日順延となり、タイガースナインの勇気と闘志が目覚めて、レギュラーシーズン同様の戦いができることを、一プロ野球ファンとして切に願う。『センイチの呪い』などという伝説は、けっして作られても、語り継がれてもならぬものだ。