野取岬
 夏はのどかな放牧地帯である。

 すぐそばの東側にはオホーツク海があり、それは澄み切った茫洋たる北洋の海だ。波打ち際ではアザラシの親子が遊び、船ひとつ見えない広々とした空間に一点の和やかさがある。

 馬や牛たちがのんびりと一日の休息をとっている。鳴き声ひとつ立てず、どれもこれもが午睡をとっているかのようだ。訪れた日は風もほとんどなく、暖かで爽やかな八月の終わりだった。

 ひとたび冬が到来し、一月に入ると、この草原は大雪原に変わる。オホーツクは流氷の海となり、世界地図で最も南の「凍る海」となる。野取岬から見る流氷の光景は、日本の自然の中では最も圧巻といえるだろう。

 冬の網走の空はとても青い。気温は常にマイナスなのだが、全国的に最も日照時間が長い地域のひとつである。それは流氷と気象のメカニズムに深いかかわりがあるらしいが、詳しいことはわかっていない。

 夏の網走より、冬の網走のほうがずっと自然の観光には適している。野取岬から見る流氷はもちろん、氷原で遊ぶ動物たち、アザラシや、オオジロワシ、流氷に乗ってやってくるキタキツネやエゾジカたちを観察してみるのもいいだろう。なによりレジャーが最高だ。網走湖やサロマ湖でのスケートはもちろん、雪原をダイナミックに走るスノーノービル、氷上バナナボート、四輪バギー、流氷ボブスレー、パラセーリングなどなどスポーツレジャーには事欠かない。

 流氷の到来とともに、流氷の去りゆく海明けもまた網走のすばらしい自然だ。真っ白な海が、まばゆい日差しとともに見る見る間に青い大海原に戻っていくとき、生命の息吹ががやってくる。そうして、流氷が去ってしまった四月、五月の晴れたある日、水平線に、突然巨大な流氷群が姿を見せる。白い高層ビルが並んでいるかのようなこの正体は、「幻氷」という蜃気楼だ。網走の人たちはこの幻氷を、流氷の別れの挨拶だといっている。

 かつて、網走はさいはての地だった。この地には監獄があり、凶悪犯罪を犯したものばかりが送り込まれ、死ぬまで帰れない恐怖の流刑地として怖れられた場所だった。四半世紀前ごろには、高倉健主演の東映やくざ映画「網走番外地」が一世を風靡し、日本中で網走は恐ろしいところだという認識に至っていた。が、そのときからすでに時代錯誤的であり、現在の網走刑務所は服役三年未満の受刑者だけが収監されている。

 が、蝦夷地と呼ばれていた時代より戦前までは、網走監獄は「アルカトラズ」のような世界に名だたる監獄で、幾万人もの受刑者が強制労働、拷問などによって死んでいった。われわれは歩く場所場所で、流された血、埋められた骨などを踏んでいったのかもしれない。

 野取岬で風に吹かれながら、オホーツクの大海原を眺めていると、世俗のことを忘却してしまった。はるかかなたの水平線、青い海と緑の草原、ゆううつなとき、疲れたとき、たった五分間でいい、そこへ飛んでいけたならと感じた次第である。