夏至の夜に
 民家の外灯一つない場所。梅雨空に月明かりはなく、まさに闇夜。標高1.000メートルの連峰の登山口。風は沈黙を守っているが、黒々とそびえる針葉樹林が肌寒さすら感じさせる。

 伝え聞いた場所へと足を運んでみた。懐中電灯の明かりだけが足元の頼りだ。どうにか舗装された道をガードレール沿いに歩いていく。梟の声ひとつしない沈黙が少々心もとないが、ホタルのいる場所を信じて歩みつづけた。

 水の流れる音が聞こえてきた。木々にかくれて見えないが、どうやらガードレールの下には沢があるようだ。やがて開けてきたところには山水の溜まり場があり、上からザザザ〜と滝のように流れ落ちてきていた。ここ数日の雨量がいまだ木々のあいだをぬって流れつづけており、それを受ける沢のいちばん広い場所では水かさが増していた。

 懐中電灯の明かりにばかり目をとられていたようだ。突如点灯しはじめたかに見える神々しいほどの光。闇夜のなかの神秘。夏至の夜。目映いほどに乱舞するホタルの群れ。上空を飛びかい、水面に反射し、道向かいの森の中まで一群をなしていた。

 神秘だった。全くのしじまのなかで、自然のともし火が自分の目の前を、自分のまわりを、自分の上空を、自分という人間が樹木と変わりないもののように飛び交っていた。それぞれに群れなすホタルは同時に点滅し、男と女が誘いあっているかにもある。

 人里離れた場所に恐れすら感じていた。しじまのなかに畏怖すら感じていた。観光マップにない場所、それを求めて北へ走りつづけた。伝え聞いた話は偽りではなかった。いわゆる『ホタル祭り』の季節の終わりがやってきたころ、近年見たどのホタルよりもまぶしく、生き生きとして、美しかった。

 目に焼きついた光景は、三脚を立て、どんなレンズを使おうと、カメラのレンズには収められない。沢からの強い自然の声がぼくにそう伝える。夏至の夜に、いつわりのようなすばらしいホタルの群れに遭遇できたこと、瞼を閉じればいつまでも余韻にひたっていることができる。