ひとり暮らし
 今夜はチョンガーである。思えば、この家に住んでより一人で暮らすのは初めてのことだ。昼食も夕食も外で食べた。昼に新聞を読んでしまったので、待っている間、携帯でテトリスをやって遊んでいた。一人携帯でゲームをやろうとは、ちょっと惨めな気がしないでもなかったのだが。

 かみさんは娘のところへ行っていて、小五の息子は五泊六日の自然学校へ行っている。午後の郵便で息子からはがきが届いた。乳牛の絵が描いてあって、釣りをして初めて魚が釣れたこと、牛の乳を搾ったこと、友達といっしょにすごすことが楽しいとへたくそな字で書いてあった。

 三度ばかり川釣りに連れて行ったことがあったが、毎回ボウズだった。ぼくは何匹か釣ったのだが、息子は浮の引き加減を判断できなかった。だから、生まれて初めて魚が釣れたことはとてもうれしかったのだと思う。子供はできなかったことの一つ一つができるようになると、得意満面になる。自転車、自転車の片手乗り、口笛、指を鳴らす、たんぽぽの茎で笛を吹く、からすのえんどうで笛を吹く、高いところから飛び降りる バクテンができるなどなど。

 台風の影響で雨が降ってきた。まだ風呂を入れていないが、入らずにすましてもいい。とても静かである。雨音と「じ〜」というような光ファーバーのかすかな騒音が耳に入ってくるだけだ。一つ家の中で一人だけで暮らすということ、学生時代のアパートの奔放な一人暮らしとはちがう。家には歴史があり、住んでいた家族たちのにおいがある。ひとりでいることは孤独でもない。が、快適でもない。

 もしこのまま、この広い家で一人きりになったらどうなるだろう? 食べるほうは朝以外は外食になると思う。掃除洗濯はシルバーセンターに依頼して、週に二〜三回手伝ってもらうことにするだろう。とりたてて困ることはない。が、病に臥したときだけは心細くなるにちがいない。おそらくぼくにはそんなことはありえないが、かみさんのほうはいつかありえることだと思う。

 「おとうさん、おかあさん、ぼくは元気です。よくねられます。とても楽しいです」 あさってには帰ってくる日本海からの息子の便りを、まだかみさんは読んでいない。初めて受けとる息子からの便り、初めて親と離れて過ごした息子、一人初めてこの家で暮らす自分。こんな状態がもし一ヶ月以上続くなら、ぼくは誰に便りを書くことだろう?