Black Death
 アフリカ南部の国、ボツワナではエイズが大流行しており、五人に一人ほどが罹患していると報道されている。そのため、現状ボツワナ国民の平均寿命は三十七歳ほどであり、この状態が継続すれば、さらに寿命が短縮されていく。

 およそ20年前、ホモセクシャルにおける病気として発見されたHIV(エイズ)は、血液によって伝染するウィルス病として、いまや全世界に蔓延している。各国の医療機関が躍起となって、ワクチンの開発研究を続けているが、延命効果は図れるものの、治癒の決め手となる薬品はいつ発見されるか予測がつかない。

 HIV感染者は長い苦痛を余儀なくされ、精神は常に死を意識している。21世紀におけるエイズは、ノーマルでない性行為によって、自業自得となった人々の難病ではなく、すべての人類に課せられた試練だと思う。貧困と無知と偏見が引き起こす途方もない疾病だと。

 思い起こせば、Black Death (黒死病)と怖れられたペスト菌が発見されたのは、19世紀の末だった。ペストは症状が激烈で、致死率が極めて高く、さらに伝染力が強大だった。14世紀中期には全ヨーロッパに大流行し、疫病史の中ででも特筆に値している。いわゆる先進国が、およそ500年にわたって、恐れおののいていた病気がペストだった。ペストは保菌動物を吸血した蚤による感染が主だったが、感染した患者からの飛沫感染、気道感染も多かった。ペストは、イコール死を意味し、伝染を防ぐには、感染したすべてを焼き尽くすしか方法がなかった。

 今でこそペスト菌が発見され、抗ペスト血清やワクチンが効果のほどを発揮しているが、またペストそのものが減少しているが、それまでの500年という歳月はなんという長さだろうか。現代の医学の進歩は、あの時代と比べ物にならないけれど、ペストの500年という歳月を考えると、エイズ(HIV)が早晩に片が付く疾病とはいいがたい気がする。

 あの時代のペストとちがい、医学書で述べられているように、エイズが自分たちで防げる病気なら、それを防げず蔓延させているこの世の人類は、無知と偏見と傲慢の塊であろう。そして、それを助長させているのは、人間の欲望。悲しいことは、貧しき人々に多発している点である。エイズは現代のペスト、黒死病かもしれない。いつかエイズワクチンが発見されても、永遠に人類には次の黒死病が待っている。

 ペストの流行が終焉したのは、必ずしも人々の努力の結果ではなく、自然現象だった。

 小説「ペスト La Peste」
/ アルベール・カミュ(1913〜1960)