幻の国
 1960年代後半のアメリカ合衆国は、ある部分幻の国だ。はっきりと実態のつかめないコミュニズムに脅え、いわゆるアカ狩りのようなベトナム戦争にのめりこんでいた。それはアフリカ系アメリカ人の歴史ほどに、戦争にかかわった人々に深い深い傷跡を残している。

 少年時代のそのときの多くは、永遠に続くように思われる。齢を重ねて振り返ってみると、それはほんの一瞬だったことに気づくのだが、胸のうちにとどまっている記憶はいつの時代よりも鮮明だ。

 ときすでに2000年。『子どものころは楽しいことばかりで”幻の国”アトランティスにいるみたいだ。でも、大人になるとアトランティスは沈んでゆく』と、50歳を過ぎたボビー・ガーフィールドが、40年ぶりに生まれ故郷に帰り、幼馴染のジョン・サリバンの葬儀に参列してこう語る。すでにガールフレンドだったキャロル・ガーバーもこの世にいなかった。ジョンはベトナムで戦い、キャロルは反戦運動の過激派に加わっていた。

 新世紀を迎えてより、再びアメリカはアトランティスにとりつかれているかのようだ。同時多発テロ事件以降、アメリカを中心とした世界情勢を見ていると、あのジャングルでの対ベトコン以上に、泥沼の中で見えない敵と戦っているようだ。

 中東のイラクという国、フセインという大統領、ウサマビン・ラディンという人物の存在は、マスメディアからの映像、報道で、ありうべき現実として捉えられる。善悪とか是か非かという問題ではなく。

 自分にとって、一切のフィクションめいたものを除いて、最も幻の国は北朝鮮である。テレビで流れるあの国の人たちの見事に一致した表情、仕草、言動は、完璧に理解の範囲を超えてしまっている。作為的なものでなければの話ではあるが・・・・・。


 「アトランティスのこころ」 / スティーブン・キング