ルミナリエ
 今日は雲ひとつない快晴だった。やはり風が吹くと冷たかったが、光はきめ細やかで、視界はとても澄んでいた。快適なドライブだった。二つ三つ山あいを抜けて、最後におよそ六キロの新神戸トンネルを抜けて、一時間かけて三宮に着いた。

 加納町の交差点をまっすぐに進み、そのすぐコスモスタンドの手前を左に折れ、とけいやの北、米屋の駐車場に入れる。名前は米屋だが、米を売っているわけじゃない。その昔、米屋だったかららしいが、ぼくが北野坂を知っている限りにおいて、そこは常にアナログの立体駐車場だった。

 それから目的の東急ハンズへと向かう。今日は週末とはいえ、いつもよりかなり人通りが多い。多くの人たちが異人館方面へと向かっている。あれは神戸っ子じゃなくて、ほとんどが観光客だ。どうしてこの季節にと不思議に思う。

 クリスマス需要でハンズはごったがえしている。若者たちの人いきれは、とりわけ女性のそれは、ぼくを真夏の眩暈のように右往左往させる。目的地を誤り、上へあがったり下へもどったりして、見つけたのは一階の隅っこだった。いろいろと思案しながら、買ったのはドラクロアの「雪降るパリの街」。サイズは縦70センチ、横80センチほどだから、新しい白い部屋にはちょうどいい大きさだ。また、その画家は同じ名前だが、グリーン・マイルに登場する死刑囚とはちがう。

 それから大きな荷物を抱えて、フラワーロードにある中古クラブ専門店に入る。セイコーのS−YARDの5W(クリーク)を買うためだったが、運悪く品切れていた。それでトッププロがよく使っている、オデッセイ社のWHITE HOTのパターを買う。パット・イズ・マネーというゴルフ界の格言を信じて買った。17000円のパターは、必ずあした元をとらしてくれるだろうと信じている。

 それから米屋に戻って、アリストに乗ってハーバーランドへいく。やはり普段よりかなり人が多い。海を見て、映画でも見ようと思う。ルミナリエが点灯するまで、かなり時間があるような気がする。午後三時半のこと。海の彼方の視界は、透明なガラスのように澄み切っていて、淡路島はもちろん、大阪堺方面、徳島辺りまでが見渡せるようだった。果てはいつにない透明に近い空色だった。

 ぼくは映画を見ることを忘れて佇んでいたようである。雑踏のモザイク棟のベンチに腰をおろして、長い時間海を見ていた。そして、目の前にある高さ5メートルほどの真っ白なツリーに、オール・ブルーのイルミネーションが灯されたとき、ぼくははっとわれにかえった。神戸港遊覧船、コンチェルトの夕方の便の出港のアナウンスがされていた。

 摩耶山から真っ赤な夕焼けが訪れてきたとき、ぼくはモザイク棟の三階の渡らせ橋を歩いていた。
 「あの〜、すみません」
 「うん?」
 「映画館はどこにあるんでしょうか?」
 「この下、二階へ下りて、まっすぐあっちの突き当たりにあるよ」
 「この下ですか?」
 「そうだよ」
 「ありがとうございました」
 「きみたち神戸じゃないよね?」
 「はい」
 「どこから来たの?」
 「石川です」
 階段を下りて行く彼女たちに向かって 「金沢だね」
 振り返った二人は 「能登です」

 「うわぁ、すげえ!」 彼女たちは高校生だろう。もしくは今年卒業したてだろうと思う。大学生じゃない。能登には大学はないからだ。能登から来れるんだったら、新潟にいるエリーちゃんだって来ることができるんじゃないかと、ふと脳裏をよぎる。
 
 橋の上から二人の姿を追っていると、ぼくも映画が気になってくる。映画館へ行って、何を上映しているのかを見る。四作どれも見る気がしなかった。温かい飲み物が欲しくなった。劇場の上にある中国茶の店へ入り、すでに忘れてしまった中国茶(店の女性のお薦め)を飲みながら、夜のとばりがおりはじめたメリケンパークの光景を眺める。オークラもメリケンパークオリエンタルホテルも殊のほか客室の入りがいい。次々と部屋の照明が灯ってくる。

 ああ、わかった、さっきの二人もルミナリエの観光に来ていたのだ。震災の後、ルミナリエは神戸の観光名物になっていた。昼下がり、北野坂をたむろしていた人々も夜を待っていたのだ。近くに住んでいるぼくはこれまで一度もルミナリエを見たことがなかった。

 ぼくは急いでアリストに乗り市街へ向かう。車の中から拝むつもりだった。が、中心地の至るところが通行止めになっていて、ぼくは思った道路を走れなかった。そして、渋滞にまき込まれ、急げば急ぐほど、近道へ向かえば向かうほど迷路に入って行った。そして、およそ一時間右往左往した。今日、右往左往するのはこれで二回目だ。ぼくは大阪方面へとアリストを走らせ、どうにか渋滞からのがれることができた。

 結局ルミナリエはちょっとだけしか拝むことが叶わず、往きの二倍の時間かかって家に帰ってきた。すぐ近所の中央どうりにあるほんのちっぽけなルミナリエが、ぼくが疲れ果てて通り過ぎるのを見て笑っていた。