読書の秋
 「おとうさん、何か面白い本ない?」

 娘は自分で読み物を買おうとはしない。
 手持ち無沙汰に何か読みたくなったとき、たいてい僕のところへきて『面白い本を』と言う。これまで僕は、娘が楽しめるだろうと思うものを推してきた。今のところあまり外れはなかったようだ。この前は古いミステリーだったが、ロス・マクドナルドの『さむけ』はとても気に入っていた。

 「今度はどんな話がいいんだい?」

 「推理小説はちょっと遠慮しとこうかな。前に読んだ『ノルウェイの森』がよかったから、村上春樹のでいいのない?」

 『ノルウェイの森』は恋愛小説で、村上春樹の作品の中ではとても溶けこみやすいものだ。彼の作で似たようなものは、この書棚には見当たらない。『国境の南、太陽の西』というのがあるが、どうもいまひとつだ。そこで選んでやったのが『ねじまき鳥のクロニクル』の三部作。加えて藤沢周平の『蝉しぐれ』を渡してやった。

 娘は、時代物の『蝉しぐれ』を受けとることを躊躇したが、「これはとても楽しい青春小説だ」という僕の言葉を、半信半疑で信じることにして、計四冊を持っていった。

 二週間後のことである。

 「ねじまき鳥のなんだっけ、あれよくわかんない。ちょっと抽象的で・・・・・、最後まで読んだら面白くなるかなあ。『ノルウェイの森』とは全然ちがうよ。わたし、あたま悪いからなあ」

 「ふうん、じゃ、まだ読んでないわけだ。まあ、読解力をつけるつもりで全部読み切ってみたら」

 「『蝉しぐれ』はとってもよかった。二回も読んだよ。あの主人公の青年、めちゃかっこよかった。感激したわ。薦めてくれてありがとう。藤沢周平のほかのも読んでみたいな」

 とかく読書とはこんなものである。娘は現在『ねじまき鳥のクロニクル』と格闘中である。むろん、僕が予期していたとおりになったことは言うまでもない。