学生時代の記憶

六畳一間のアパ―ト
スペアの布団に男女の寝息
男は高校からの友人
女は友人の年上の恋人
二人の恋の由縁は知らない

二人は放浪の旅をしていた
男はかつて革命を信じていた
女は第二の性ではなく
一人の人間として生きようとしていた

一泊の礼に女が残していった本
それは「火の国の女の日記」上下巻
改築のため整理していて見つけたもの
一度もページを開いてもいなかった

それには手作りの栞がはさんであった

やさしさは
そっと胸深く秘めておき
明日の世界に放つまで
安売りしちゃあいけないよ

しん
あんたもっと女と寝なさいよ
やっぱりあたしと寝る?

しんは男の名前
女がこの栞を僕に読まそうとしていたのか
ただ入れたまま忘れていたのか
今となっては友人に聞くわけにもいかない

女の名前は的子
それしか知らない
顔も忘れてしまった
どこにいるのか誰も知らない

でも 僕は問いかける
きみの声が聞こえてくるのはなぜなのだろうと

長い長い忘れていた記憶