蝉の声
 「ミーン,ミーン,ミーン」 銀行へ行く途中、街路樹いっぱい,ところ狭しと蝉が鳴いている。

 やなやつがやってくるのが目に入った。知らんふりして行き過ぎようとしたが,そんなときに限って声をかけられる。

 「暑いな。ちょっとそこでお茶でも飲もうか?」

 「いや、銀行に用があるんでまた今度」

 「仕事の話だ。先に行って待ってるよ」

 昼飯どきだ。アイスコーヒーだけですむわけがない。けど,仕事の話といわれるとむげに断るわけにもいかない。

 案の定,ホテルの一階の食堂に入ると先にランチを食っていた。やつの前には僕の分もならんでいた。しかたない,食べるとしよう。ゴルフの話をして,例の飲み屋にきれいな女の子がきたという話を訊いて,それからそれから・・・・・。仕事の話なんて,ぜんぜんでてこない。

 「ミーン,ミーン、ミーン」 硝子越しにまで蝉の声が聞こえる。

 「今年に夏は暑いなあ。やけに蝉の声がうるさく聞こえるぜ。ミーンていうんは、会いたい会いたいって鳴いてるのかな?」

 珍しく粋なことをいうじゃんか。だが、ちがってるよ。ボキャ貧だ。おまえにケチ,ケチ,ケチって鳴いてるんだよ。

 やつは細かいものの持ち合わせがないと言って先にホテルを出ていき,ランチ代を払ったのはやっぱり僕だった。

Mean =けちな、いやしい
meet =会う、知り合いになる