山野草
 梅の花の香りが立ちそめるころから、春は思わせぶりに行きつ戻りつして、その歩みはまだるいばかりである。うららの春を待つ心には早春ばかりが長くて、陽春はあっという間に駆け抜けて初夏に移ってしまう。

 よく週末には、ゴルフがてらに山野を眺めるのだが、春の野山を歩いていて、ふと出会った花の群落ほど感動的なものはない。名も知らぬ花たちだが、小川のふちに、人影のない雑木林の近くに、咲いているまことに自然な色彩には胸を打たれるときがある。

 野鳥の声が聞こえてくる。うぐいすの声だけはわかる。この山野に、昔ながらの花たちに、いつまでも健やかでいて欲しいと思う。野生よ、飼いならされてはいけないと、願う心を禁じえない。しかし、また、山野に生きとし生けるものは、私が思うほど虚弱ではないと信じていたい。

 日々暖かくなる毎日だが、早春の花たちには驕りがない。ひっそりと咲く山野の花は、可憐で儚げに映る。しかし、これほどひたすらに前向きの自然の息吹を感じさせる草花は、ほかの季節よりも抜きんでて清々しい。



 春のやさしさを代表し、清らかなイメージをもつスミレは、古くから日本人に愛され、歌や句に詠まれてきた。『万葉集』でも山部赤人が「春の野にすみれ摘みにと来し我そ野をなつかしみ一夜(ひとよ)寝にける」と、去りがたかった野での仮寝の一夜を詠んでいる。

 スミレは一般にはスミレ属の総称で、日本には五十余種が生息する。花は紫色、白色、黄色がある。

 山路来て何やらゆかしすみれ草

   / 松尾芭蕉

 チューリップ好きと微笑む乙女見て君こそスミレ似合うと思う

  / 読み人知らず