悲しみ
 歯が痛くなってから、年末に他界した先輩の顔が何度も浮かんでいた。彼の治療法になじんでいたので、別な歯科医にかかって不安でならなかった。それは痛みがすぐに治まらなかったからに他ならないのだが・・・。彼は面倒な親知らずを抜いたときでさえ、処置後の苦痛を感じさせなかった。誰もが一晩は眠れない、頬が腫れるといった術後だったときに。さらに痛み止めさえ飲まずにすんだ。

 今日、彼の焼香に行ってきた。同級生の夫人のやつれようが悲しかった。遺影には若かりしままの彼がいて、彼が校医をしていた小学校、工業高校での検診の写真が飾られていた。いつもやさしく、上手に子供たちの診察をしてくれた彼の面影がそこにあった。そして、12月22日、全国高校駅伝で最多となる8度目の優勝を飾った工業高校のゴールの瞬間の新聞が添えてあった。病床でテレビ中継をを楽しみにしていたのだと思う。その感激を見る5日前、彼は他界してしまった。

 家族ともどもお世話になっていた。夫人は高校時代のアイドル的存在だった。あまりに早すぎる逝去だ。どれほど遺影がしわくちゃじじいになろうと、青年の面影を残したまま他界するよりずっとましだ。本人はもとより、縁ある人すべてにとって。僕は歯が痛くなって、また悲しみをぶり返してきたようだ。セーターにかすかに残った線香のにおいが、人の世の切なさ、儚さを感じさせている今宵だ。