一を聞いて十を知る
私が他人の縁をとりもったことは
後にも先にも一度きりである。

思えばあれから八年が過ぎた。

NHKのクローズアップ現代の司会を務める
国谷裕子さんを見ると思い出すことがある。
彼女はいわゆる才女だが、
彼女をとても気に入っていた大先輩がいた。
私より二十歳以上年上の方だから、
先輩というよりは親父に近かった。

大手商社で海外勤務をしている長男が、
後を継ぐために帰ってくる日が近づいていたときだった。
ある会合で夕食をとり、
その後の数人との会話である。

「息子の嫁を捜さにゃあならん。どこかいい娘はいないかな?」

「アメリカでもういい人ができてるんじゃないですか?」

「あかん。外人なんか連れてかえってきたらどうしようもないわい」

「いや、そういう意味じゃなくて、もうすでにいい人がいるんじゃないかってことです」

「そのことについては息子と確認をとっている。特定の相手はおらんそうや。だから、息子の嫁にいい娘さんがいないか尋ねてるんや」

「Mさん、どこの誰でもいいというわけにはいかないでしょう」

「氏素性にあまりこだわるつもりはない。と言って、特別変な境遇のやつはあかんで。我々と同居が前提やからな」

「ううむ、Mさん、どんな子がお好みです?」

「一を聞いて十を知ることができる女性やな。例えば、NHKのクローズアップ現代の司会をしてるあんな女性がいいな」

「顔だけやったらあのくらいはすぐに見つけられますけど、頭の中身まではなあ・・・・・」

そこで周りの皆さんはほうほうの体である。
私は黙って聞いているだけだった。
いちばん最年少であったからである。
Mさんは私に白羽の矢を立てた。

「おい、K、お前の嫁さんはなかなか評判がよいようじゃないか。親父さんが自慢気に言ってたぞ。こいつらより、お前のほうが目が利くようや。どうや心当たりはないか」

私の胸の内に心当たりがなくもなかった。
だが、彼の息子のことを全く知らなかった。

それから半年が経ち、Mさんの息子を知るときがきたのだった。
M君は好青年だった。
父親似ではなかったが、
聡明で、健康で、爽やかな好感の持てる青年だった。

もしそのとき、私が未婚だったなら
決して紹介なんてしなかっただろうと、
今でも思っている。
彼女はリクルート勤務の美貌のキャリアウーマンだった。

かくして二人は交際をはじめ、
一年ののち私は愛のキューピットとなってしまった。
彼女はリクルートを退社し、
二人は人も羨むようなよい家庭を築いている。

二人に子供ができて二年の後、
Mさんは病死している。
性格はタフな人だったが、
肉体はあのころより病弱になりつつあった。

私が紹介した女性は
Mさんのめがねに適っていたようだったが、
Mさんが孫と戯れるときを見ることはなかった。
Mさんの葬儀に参列したとき、
玄関の脇ではMさん特注の木製のブランコが
風に揺られていたっけな。

先日Mさんの七回忌が行なわれたそうだ。
私は一度も尋ねたことがなかった。

「Mさん、彼女は一を聞いて十を知ってくれる女性でしたか?」と。


<一を聞いて十を知る>

頭の働きが鋭敏で、理解力や洞察力が優れていることを表す。しかし、不要な言動は慎み、能ある鷹は爪を隠す必要も暗示している。