世論
今回の田中真紀子外相更迭劇には,
多くの国民が不満をもらしている。

ヤフートピックス(共同通信提供)では,
二人の更迭は英断の3700票に対して
小泉がやめるべきが5200票となっている。

冷静になって考えてみるといい。
彼女が外相になってどれほどのことをしてきたのか。
まず人心を掌握して,人材の適材適所をどうして考えようとはしなかったのだろうか。

旧態依然とした役人根性まるだしの外務省を
徹底的に改革しようとしたことは
日頃不満だらけの国民にとっては一つの清涼剤のようなものだった。
数々の外務省の不祥事が露見するたびに,
国民は真紀子大活躍と拍手喝采を送った。
そう改革に乗り出したまではよかったのだ。

だが,実務の外交にはあまりに知識不足だった。
さらにわがままで好き放題言わなければ気がおさまらなかった。
口も軽く失言が多かった。
秘密事項をもらしたことなどあって,
アメリカは外相を通さず,直接内閣に連絡を入れていた。
すでに日本の外交は機能不全に陥っており,
その機能不全は国会審議にまで悪影響を及ぼしてきていた。

彼女の父,故田中角栄元首相は日本の高度成長期に頭角を顕し,
日本列島改造論をぶち上げて首相にのしあがった。
そのころから日本は経済大国の名を欲しいままにし,
欧米からはエコノミックアニマルと揶揄されたほどである。
日本の経済は極めて貪欲だった。
ハイテクや自動車など輸出企業は向かうところ敵なしほどに成長を続けていた。

列島改造論により地価は高騰し,
多くの株式や土地を持っている人が大金持ちになっていった。
いわゆる1980年代後半のバブルの先鞭をつけたのが彼だった。

田中氏自身もロッキード汚職疑惑で退陣させられるまで,
絶え間なく暴利をむさぼっていた。
必ず儲かる新規公開株や転換社債のかなりの数量が彼のもとへとどき,
その売却利益は計り知れないものであったという。
議員たちは田中詣でを続け,それは札束詣でとも言われたという。

田中角栄氏の疑惑は解明されないままだった。
あのとき,どれほどの国民が事件の解明を期待していたことだろう。
彼は地元だけの英雄になりさがり,
国民の多くは汚れた元首相を恥じていた。
衆議院選挙では田中氏の当選を阻止すべく,
野坂昭如氏が新潟選挙区で立候補したほどである。

その彼が死んで,真紀子氏がその遺産相続をした。
自身の政策によって彼が得ていた財産は膨大なものであり,
真紀子氏は他の議員のように資金の心配も,
選挙区での支持の心配もいらなかった。
地元での支持者の相続ですらしていたのである。

もとより真紀子氏は恐いもの知らずだった。
まわりの環境が彼女をそのように育てていた。
国民が彼女を支持する歯に衣を着せない発言は、
彼女が育ってきた環境に起因している。

田中角栄氏が絶頂期のとき,
国民は彼の列島改造論を支持し,
彼の歯に衣を着せない発言は,一時は彼を英雄のようにした。
道を踏み誤らなければ名相の名を欲しいままにしたことだろう。

むろん親の失政を娘が背負うことはない。
だが,国民の多くが、彼女いたからこそ小泉内閣を支持していたというのなら,
世論なんてものに聞くべき耳を持つほうがおかしいのであって、
世論などという大衆迎合的なものを無視して,
正義の戦いを継続する政治家こそが大切なような気がしてくる。

為政者とは誰であれ好き嫌いで決めるべきではない。
人々のために何をしようとしているか、何をやってのけたかが肝心であり,
我々は大所高所から為政者を見つめなければならない。

田中真紀子氏の捲土重来を期待する。
批判するだけでなく,今一度勉強しなおして,
周辺の人々に信を得られるような政治家になってもらいたい。

鈴木宗男氏,彼はもとより政治家としての資質に欠けている。
論外である。