知床五湖
 あのころは国鉄斜里駅からでこぼこ道をバスが走るだけだった。それがいつしか国道334号線が整備され、知床半島の中央、羅臼とウトロを横断する、樹海を縫って走るようなドライブウェイができていた。羅臼岳や硫黄岳の山々を観ながらのドライブはほんとうに快適だった。原生林を眺めていると、時折エゾジカやキタキツネを目にした。さすがにヒグマは目にしなかったが、いつ現れてもおかしくないような場所もあった。

 この横断道路以北には全くに道路がない。知床岬へはウトロ港もしくは羅臼港より船で行くしかない。はるか国後を目の当たりにするためには、三時間船にゆられるしかないのだ。飼い馴らされていない自然が、知床五湖以北に存在する。

 知床五湖は、エゾマツやトドマツなどの針葉樹に覆われた国内最後の秘境といわれる知床の大自然の中で最も美しいところだ。 火山から生まれた五つの湖は第一湖から第五湖まで連なるように並んでいる。これらの湖を一つ一つ巡る散策路があり、所要時間約一時間。が、すべてが解放される期間は八月の数日間で、またたいていの観光客は一湖だけを見て駐車場へ戻っていく。奥へ進むほど秘境の雰囲気が強く、足場もよくはなく、ヒグマが出ないという保証はないからだ。これらの湖の周辺には湿原もあり、水芭蕉やヒオウギアヤメが濃い緑の原生林に彩りを添える。油を流したような静かな湖面はわずかな風にもさざなみを立て、逆さに映した緑の山や白い雲が揺れる。限りなく清澄で静寂な大自然がここにある。