寒風
空模様を窓から見ると、今日は春らしい暖かさが期待できるかと思った。

夜中に起きて仕事を少しした。空腹で間食をした。6時前電話が鳴った。兄からだった。遠い親戚の交際のない人間の死であった。

何かあると何でも相談をしてくる兄である。一人で判断せずなるべく皆で出金を少なくすることを考える。大企業の元社長であるが、口癖は「年金生活者だから・・・」である。

企業年金と厚生年金を合わせて、現役の中小企業の社長より沢山貰っている。

堅実な人間である。今回は私は無縁といって、仲間から抜けた。ひとりら減ったからどうするだろうか。

長男でありながら、全てを一身に受けた彼が、何かするときは兄弟同列である。後継者問題も新憲法で皆同じ。

農地改革で僅かになった土地を売り払って大学を出した兄である。転勤を口実に両親の面倒を見ないで過ごした彼である。

それで不足は父と私で当時のヤミ米を買って運んだ。今日では父親の借金を返すのに財産を売り払ったという。

当時の残った田圃はそれ程の価格にはならなかった。何故なら、村外の小作にただ同然で渡した金額と同じに最後の田を村内の小作さんに買い取ってもらったのだった。

それでは申し訳ないと、最初の一年は米俵何俵かを牛舎に積んで持ってきてくれたのを覚えている。
我が家から一人だけでも良い、出世させたいという母の願いは一家の願いだった。

私の作文や言動にそれが見えると、中学、高校の恩師たちは親と口論した。「あなたの子供は長男だではない筈だ」と。

だから、中学三年生が育英資金を受けた私は珍しい例であった。「こうしておかないと、君の親は高校は出してくれないから、その準備に手続きしたよ」と校長さんの温情だった。

我が家の方針を信じていた私はそれも異常には感じなかったが、世間から見ると異常に映ったらしい。

上京してアルバイトで自立して大学生活を送る私の周囲は反発した。

出さねば良いのに、息子を宜しくと手紙を書くから、長男偏重の傾向が出てしまう。

「君のお母さんは変わっている」と周囲は言うのである。長男を成功させれば、兄弟の面倒は兄が見ると信じていた母であった。

今尚、長男は自分のことだけしか考えられない了見の人間で始終している。