「旅からの旅立ち」fromおとなの詩集
1.何ひとつ見つけられないまま
 また奥へ奥へと足を踏み入れてゆく
 羅針盤はとっくに手放してしまい
 すでに自分の位置は分からない
 それでも別に臆することなく入ってゆく
 こんな奥深い所に何があるって言うんだ
 何を求めているって言うんだ
 心の裏側で もうひとりの自分がささやく
 そんなところに彼女の面影を
 探し求めているのか
 一瞬 キュンとなったが
 自分に言い聞かせるんだ
 そんなんじゃない
 そんなんじゃないよって

2.旅に出る
 旅に出る
 思い出をおいて
 数多くの日常をおいて
 あの人この人との会話をおいて
 旅に出る
 さぁ旅に出よう
 君が引きとめてくれるのではという
 期待が膨らむ前に

3.切手を貼っていない
 君への手紙を
 コートのポケットに
 ずっと持ち歩いている
 今日も
 明日も
 ずっと入ったまま
 僕は君にふさわしい男じゃないって
 そんなこと書いたからかな
 その手紙は
 ずっと僕と旅している

4.心が疲れたら
 帰っておいでと
 誰か言っていたけど
 今 どうしても行きたい所はない
 心が惹かれてどうしょうもないって所なんか
 思い浮かばない
 だから僕は 特急にも乗らず
 ぐずぐず各停でさまよっている
 どんなところでこのドラマは終わりを
 迎えるんだろうか
 ワクワクなんかしない
 どんどんソワソワしている
 自分で決めたんだろう
 そう 自分をしかってみても…

5.君に贈ったイヤリングのプレゼント
 今すれ違った女性のと 似ている
 はっとする 
 こんな所まで来たって言うのに
 こんな遠くまで旅にきたと思っていたのに
 全然いままでの自分から
 離れていないじゃないか
 何も変わっていないじゃないか
 僕はしばらく目を
 うつろにして歩いた

6.目的のない旅なんて
 あるのだろうか
 僕はそのつもりだった
 それを求めて家を出た
 それなのに
 すごく強い想いの目的があるじゃないか
 僕は自分をひとりにしたいと思った
 だからひとりでここまで来た
 だけどこれは何なんだ
 以前よりも余計に
 ひきずっているじゃないか
 どこにあるんだろう
 目的のない旅なんて
 むしろ僕は
 想いを増幅するために
 ここまで来ちゃったのだろうか

7.大人になって帰ろうと思う
 変わったねって驚いてもらえるように
 前の自分とは別人のようになって
 帰ろうと思う
 そう その為に来たんだ
 そうだ そうなんだ
 自分は変わるんだよ ここで
 ようやく落ち着く
 落ち着くとおなかが空く
 僕はいつもの
 好物のラーメンを食べる
 はっとする
 どこが変わるんだ?!

8.君のいう好きと
 僕のいう好きとの間に
 広い広い天の川が
 流れているんじゃないかな
 僕の好きは
 どう考えても 深くて濃い
 それが 君には重荷になる筈だ
 僕は 君が我慢したり
 僕に合わせようとしてくれるのが つらい
 そう思って ひとり旅に出た
 君にひとことも残さずに

9.僕はある夜 宿から友人に電話した
 彼は驚いていた 
 そして彼女のことも…
 本当は僕は友人にかけたんじゃ
 ないんだろう
 その向こうにいる彼女に
 ふれたかったんだろう
 彼女は どうも留学の
 準備をしているって… 
 何!留学?!
 何故なんだ
 何故なんだよ
 僕にひとこともなく
 この動転している自分は何なんだ
 わざわざ遠くまでやってきて
 慌てふためく自分を見たかったのかよ!

10.自分はどうしたらいいんだ
 自分には何が残されているんだ
 僕が与える筈のショックは
 今 何万倍にもなって
 僕の情けない心に 打ち返されている
 眠れない
 眠っている場合じゃない
 始発は何時だ
 始発は何時だよー!
 待ってくれ
 話を聞いてくれ
 いや 君のこと もっと話を聞かせてくれ
 何故 僕の元を離れようって
 いうんだ
 勝手じゃないか
 相談もなく
 ひとことも相談もなく…

11.列車は 来た
 朝もやの中を
 ゆっくりと
 余りに ゆっくりと
 僕の思いを逆なでするかのように
 じらしながら ゆっくりとすべり出す
 僕は眠い筈のまなざしで
 窓のそとの風景をきりっと
 にらみつける
 強い視線で 山々の稜線を
 にらんでいる
 きっと 自分の愚かさを
 ののしっているんだろう
 決して 君に対しては
 あれこれ思わない 思えないよ
 すべてを許してくれ
 僕が帰るまで 待っていてくれ

12.ようやくなつかしい見覚えのある
 街の風景が目に入る
 僕は荷物を降ろし
 まだ減速もしていない前から
 じっと扉のそばに立ち続ける
 なんて身勝手なんだ 僕は…
 ひとことも告げず旅に出た僕が
 ひとことも相談できずに旅立とうとする
 君を ひきとめようとしている
 自分なんて大嫌いだ
 大馬鹿者だ
 いや 今そんなことに
 かまっていられる時じゃない
 とにかく逢わなきゃ
 一刻も早く 逢わなきゃ

13.君の家の近くまで来て
 電話BOXに駆け込む
 誰にも聞かれたくない
 こんなくだらない男の話を
 聞かれたくないよ
 君は居なかった
 留学の準備で
 出掛けているんだろうか
 僕は茫然としたまま
 駅に向かって歩いた
 全身のちからが どんどん抜けていく
 同時に どんどん眠くなってくる
 僕はいつの間にか
 駅近くの公園のベンチに
 横たわってしまった

14.うすめを開けた時
 公園はまだ薄暗かった
 朝刊を配る自転車の音が
 けたたましかった
 首をすくめた 寒い
 何でここに…
 そうか そうなのか
 すぐにいきさつを思い起こす
 なんてザマだよ まったく
 もう今更 君に逢いに行く
 勇気は出なかった
 もう 馬鹿な失恋者のレッテルを
 受け入れるしか 道はなかった
 もう これ以上 傷つくのがこわかった

15.自分の街までの切符を買う
 なんてけだるいんだ
 なんてこの切符は重いんだ
 右足も左足も いつからこんなに
 重くなったんだ
 改札はなんて狭いんだ
 僕にここを通れっていうのか
 情けなく 僕は切符をふたつに折り曲げた
 何かにあたりちらしたかった
 切符は嫌がり 僕の手から落ちた
 からだをかがめて拾う気力もない
 僕はため息を 
 そう 人生に対して
 ため息をついた
 背後から切符を差し出す手が
 かすかに見えた

16.夢だろう?!
 夢なんだろう!
 いいかげんにしてくれよ
 僕をもてあそぶのは
 もう降参したじゃないか
 これ以上 僕の心を乱さないでくれよ
 そう言いたいくらい
 僕は運命に翻弄されていると感じた
 始発のアナウンスが
 静かな早朝のホームに響く
 彼女と僕のふたりが
 茫然と立ち尽くしている
 そのふたりには
 最初のセリフが
 まだ 見つからないでいる

17.そのまま電車にふたりは乗った
 シートに並んで座る
 まだ 黙ったまま
 お互い 相手に視線をやれないでいる
 僕は拾って貰った二つ折りの切符を
 握りしめたまま
 心の整理ができるのか
 自分の奥底のこころにきいている
 返事はない…わざと寝たふりしている
 あのさぁ
 もうどうでもいいやって思い 口を開けた
 あのさぁ 留学するって聞いたんだけど
 ……………
 もう 決めたのか?
 ……………
 彼女の頬に ひとすじ ふたすじ
 あついものがこぼれるのが見えた

18.僕は 彼女の肩をぐっと抱き寄せていた
 彼女のちいさな肩が小刻みに震えていた
 やっぱり 行くのか……
 僕はそれを言うのに
 何時間もかかったように思えた
 僕はもうそんなことより
 ここで逢えただけでも 充分だと思っていた
 一度はみじめな失恋者だった自分が
 今や 彼女を深く包み込んで
 あげていられるんだから
 いいんだよ
 ただ ひとり旅に出たことを
 謝りたくって…
 そうして 次の言葉も必要だと思い
 全身のやさしさを込めて言った
 いつまでも 待っているから…
 突然 彼女は首を横に振った
 僕は 僕は余りに予想しなかった
 彼女の意思表示に
 とてつもなく真っ暗などん底に
 突き落とされた

19.凍りついた沈黙が
 ふたりの間に漂う
 彼女の肩にまわしていた腕から
 すうーっと血がひいていく
 そうして何の意味もない物体になっていく
 この場面で 何を彼女に尋ねればいいんだ
 これ以上の気まずい雰囲気は
 僕の息を止めてしまいそうだ
 僕のかろうじて生きる分だけの空気さえ
 見つからなくなりそうだ
 それならそれでもいいと思った次の瞬間
 もうひとつの現実が…
 隣の駅のホームに立っているのは
 僕が宿から電話した友人だ
 どうしてここに…
 そうか 僕と彼女のことが心配で
 来てくれたのか
 と考えた時 彼女は僕の腕を振りほどき
 彼に向かって駆け寄る

20.どこまで僕は落ちればいいんだ?
 どこまで僕はピエロを演じなきゃ
 ならないんだ?
 そのあとの会話は何も覚えていない
 それでも ありったけのプライドを
 振り絞り 笑顔をつくり
 二人を祝福した
 心の中の涙は すっかり枯れ果てていた
 からだ中の生きた血液は
 もうどこか 知らないところまで
 旅立って行ったのだろう
 二人を窓から見ている抜け殻の僕は
 誰かに思いっきり笑い飛ばしてほしかった
 そうして この電車の振動のなかで
 空気に溶けてしまいたかった
 僕は 目をつむった

21.僕は深い深い眠りについている
 何色かわからない眠りの世界の中にいた
 遠くで僕に語りかけてくる声がする
 そうか 僕を笑い飛ばしてくれる為に
 誰かやってきてくれたんだな
 
 あははは もう こんなところで寝ちゃって
 早く起きてよ 風邪ひいちゃうわよ!
 
 ん?……

 今度は朝刊を配るバイクの音がする
 
 もう びっくりするじゃない
 こんなところで

 えぇっ?!
 じゃ あれ 夢 夢なのか…

 僕はベンチからからだを起こすと 
 のぞきこんでいた笑顔の彼女の肩を抱き
 せきとめていたすべての想いをこめて
 キスした

 そして 留学の話が嘘だったって
 わかった時
 もう一度 
 果てしない
 深い深い
 さらに深い
 キスをした

 ふたりは こころの眠りから
 いま ようやく 醒めた