2004年05月の記事


5月26日(水) 晴れ
◆あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。詩篇55:22

思い煩いや心配は、たとえ正当な理由があっても、度を過ごすと罪の性質をもつようになる。
心配するなとの教えは、救い主が再三再四くり返し熱心に説かれたものであり、使徒たちによってもくり返された。
この教えを無視する者は必ず過ちに陥る。なぜなら思い煩いの本質は、私たちが自分を神よりも賢いと思い、自分自身を神の位置に置いて、神が私たちにしようとされることを、自分のほうから神のためにしようとすることだからである。
私たちのことを神がお忘れになることがあると想像して、神の代わりに考えようとし、
あるいは、神が私たちの重荷を負うことができないとか、それを欲しておられないとか考えて、自分の重荷を自分で負おうとして苦しむのである。
主の明らかな教えに対するこのような不従順、主の領分に割り込もうとする高慢はすべて罪である。
それだけでなく、思い煩いはしばしば罪の行為に発展する。素直にすべてを神の御手にゆだねられず、自分で重荷を負おうとする者は、自分の労を軽くするために悪い手段を取るように誘惑されがちである。
この罪の結果、神を相談相手とすることに見切りをつけて、代わりに人間の知恵を求めるようになる。
これは「泉」に行かず、「こわれた水ため」に行くことであり、昔のイスラエル人の陥った罪に陥ることである。
思い煩いは神のいつくしみを疑わせ、その結果、神に対する私たちの愛は冷却する。
私たちは神に不信を抱くようになり、聖霊を悲しませ、祈りは妨げられる。
一貫した行動がとれなくなり、生活は自己中心になる。
このように神に対する信頼の欠如は、私たちを神から離れさせ放浪させる。
しかし、もし私たちが神の御約束を単純に信じてすべての重荷を御手にゆだね、神が私たちを顧みてくださるので、「何も思い煩わない」ならば、私たちは神の近くを歩むことができ、また多くの誘惑に対する力を与えられる。



『 志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。

その人があなたに信頼しているからです。』

◆Charles Haddon Spurgeon著 「朝ごとに」より
コメント (0)

くっするなかれ
聖歌614番『くっするなかれ』

くっするなかれ こころみに くっせば ついに罪とならん
すきを ねろう 敵あれば いよよ あおげ み助けを

日々祈りもて 主に こいまつれ
なが力なる 主の助けを




友を選べ こころして
いう言葉にも 敬虔なれ
考え深く ことをなし
真実こめて 主に頼れ

日々 祈りもて
主に こいまつれ
なが力なる 主の助けを


勝つものには 冠りあり 信仰により 勝ちを得よ
救い主は み力を 日々 新たに与えたもう

日々祈りもて 主に こいまつれ
なが力なる 主の助けを


MAINのBGM終了後、画像をクリックすると「くっするなかれ」が流れます。
コメント (0)

5月22日(土)
◆(主は)彼らをまっすぐな道に導き……。(詩篇107:7)

あまりに身の上の変化が激しいと、苦労性の信者は「なぜ私だけがこうなのだろう」と言う。
光を求めたのに、見よ、暗やみがやって来た。
平和を求めたのに、困難がやって来た。
私は心の中で言った。「私の山は堅く立って、決して動かされることはない」と。
しかし「主よ。……あなたが御顔を隠され、私はおじ惑っていました。」
昨日、私は神の子どもであると堅く信じることができた。しかし今日になってみると、その確信は弱まり、その希望はかすんできた。
昨日、ピスガの頂に登って前途を展望し、受け継ぐ御国を確信して喜ぶことができた。ところが今日は、たましいに望みなく、喜びなく、恐れは多く、悩みはひどくなった。
これは私に対する神のご計画の一部だろうか。神が私を天国に導かれる道だろうか。
たしかにそうである。あなたの信仰が光を失い、心が暗くなり希望がかすむのは、すべて神が、将来あなたの受け継ぐべき大いなる資産を備えられるためである。
これらの試練は、あなたの信仰を試み、強めるためである。
これらは、あなたを岩の上に運んで行く波であり、またあなたの船を早く目ざす港に吹き送る順風である。
ダビデのことばを借りれば、あなたについても「主は、彼らをその望む港に導かれた」と言い得るのである。
名誉、恥辱、賞賛、ひぼう、富、貧困、それらはすべてあなたのたましいのいのちを支え、あなたの前進を助ける手段である。
おお、主にある友よ。あなたの悲哀が神のご計画の外にあるものと思ってはならない。それはご計画の重要な部分である。
「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」
だから、「さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思う」ことを学ぶべきである。



 ああ、私の動揺するたましいを静めてください
 あなたのさとく聖いみこころを 待ち望ませてください
 主よ。あなたの目的を知ることはできませんが
 あなたは万物の支配者であられるゆえに すべてがよいのです。

◆Charles Haddon Spurgeon著 「朝ごとに」より
コメント (0)

5月3日(月) 雨
聖書日課

◆あなたがたは、世にあっては患難があります。(ヨハネ16:33)

信者よ。あなたはその理由を質問したいのか。仰いであなたの天の父を見、その純潔と神聖を見よ。
あなたは自分がいつかそのようになるのを知っているか。
あなたは容易に主のみかたちに似るものとされるだろうか。
あなたは、きよめられるため、患難の炉の中で十分に鍛えられる必要はないか。
あなたの汚れを除き、あなたの天の父が完全であられるように完全なものとされるのは、容易なことだろうか。
次に、主にある友よ。目を下に向けよ。足の下にどのような敵がいるかを知っているか。
あなたはかつてサタンのしもべであった。どのような王であろうと、自分の臣下を喜んで手放すことはない。
サタンがあなたを見逃すと思うか。否、彼は常にあなたをねらっている。
サタンは「ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています」と記されているではないか。
だから、主にある友よ。下に目を向ける時は困難を予期せよ。
また周囲を見回せ。あなたはどこにいるのか。
あなたは敵国にあり、旅人であり寄留者である。世はあなたの友ではない。もし世があなたの友ならば、あなたは神の友ではない。なぜなら、世の友は神の敵だからである。
至る所で敵に会う覚悟をせよ。眠る時にも戦場にいることを忘れるな。歩く時の生け垣の後ろに伏兵がいることを覚えよ。
心せよ。蚊は土地の人よりも旅人のほうをよく刺すと言われるが、そのようにこの地上の試練は、あなたにとってさらに激しいだろう。
最後に、あなた自身の内を見、心の中を調べよ。罪と自我がなおあるのではないか。
たとえあなたを誘惑する悪魔がなく、あなたの戦うべき敵も、陥れる世もないとしても、なおあなたを悩ます罪悪を見いだすであろう。
「人の心は何よりも陰険で、それは直らない」と記されているとおりである。
それゆえ、困難を予期せよ。しかし、気落ちしてはならない。神は共にいて、あなたを助け、力づけてくださる。
「わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう」と言われるのである。

◆Charles Haddon Spurgeon著 「朝ごとに」より
コメント (0)

5月12日(水)曇り
◆主は私の受ける分です。(詩篇119:57)

キリスト者よ。あなたの所有を見よ。そして世の人の分け前と比較せよ。
彼らのある者は土地を所有する。彼らは富み、収穫によってますます財産は増加している。
しかしあなたの神に比べれば、その収穫が何であろう。
はちきれそうな穀倉も神に比べれば何であろう。神は天のパンをもってあなたを養われる。

 

ある人々は、都会でその分け前をもつ。
彼らの富は豊かであり、収益は絶えず流入し、それはついに黄金のたまり場のようになる。
しかし神と比較すれば、その黄金が何であろう。
財産を食べて生きることはできず、霊のいのちは黄金では支えられない。
悩む良心の上に黄金を置いて、その苦痛がいやされるか。
黄金を気落ちした心に適用してみよ。
それは孤独なうめき、悲しみの一つでも軽減させるか。
しかし、あなたは神をもっている。そして神にあって、金や財産で買える以上のものをもっている。
ある者たちは、多くの人が愛するもの---賞賛や名声---を自分のものとしてもっている。
しかし、あなた自身に問え。おまえの神は、それらのもの以上ではないかと。
否、人生には富によっては和らげられない悲哀があり、
財産ではどうすることもできない臨終の時の深い求めがある。
しかしあなたが、神をあなたの分としてもつ時には、神以外の一切のものを合わせたよりも、はるかにまさるものをもつ。
主にあってすべての欠乏は---生においても死においても---満たされる。
神をあなたの分としてもつならば、あなたは真に富める者である。
なぜなら、主はあなたの必要を満たし、慰め、悲嘆を包み、歩みを導き、暗黒の谷間でもあなたと共にあり、そしてあなたを天の家に連れ帰り、あなたがとこしえに、主を自らの分として楽しむことを得させてくださるからである。
エサウは「私はたくさん持っている」と言った。これは世的な人が口にする最上のことばである。
しかしヤコブは「神が私を恵んでくださったので、私はたくさん持っていますから」と答えた。
このことばは肉的な心では理解できない。

◆Charles Haddon Spurgeon著 「夕ごとに」より
コメント (0)

5月6日(木) 晴れ
すべての苦しみのこんげんは

むじょうけんに むせいげんに

ひとをゆるすという

そのいちねんがきえうせたことだ


** 八木 重吉 **
コメント (0)