2004年03月の記事


3月17日(水) 曇り
◆『平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。』 マタイ5章9節

これは、山上の説教の第七番目の幸いである。へブル人の考えによれば、七は完全数である。
救い主が平和をつくり出す者を幸いのリストの七番目に置かれたのは、平和をつくり出す者がキリストにある完全な人に最も近いからではないか。
この地上で受け得る限りの完全な祝福を得ようとする者は、この第七の祝福に達し、平和をつくり出す者とならなければならない。
この聖句が置かれている場所にも深い意味がある。
この句の前の節は、心のきよい者たちの祝福について、
「心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです」と述べている。
これによれば、私たちはまずきよくなり、その後平和をつくり出す者になると解釈することができる。
私たちの平和は、決して罪を容認するのでも、また悪を大目に見るのでもない。
私たちは、神とその聖潔に反対する一切のものに対して心を動かしてはならない。
私たちのたましいがきよめられて初めて、平和を得ることができる。
次に来る節も、理由があってそこに置かれたように思われる。
この世にあって、私たちはどんなに平和であっても誤解を受ける。だが驚くには当たらない。
平和の君すら、その平和のために地上に火を投じられたからである。
主ご自身が、人類を愛し、いささかも悪をなさらなかったのに、
「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた」とある。
心の平和な者が敵に会った時にも驚かないために、次に「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです」とつけ加えられている。
このように、「平和をつくる者は幸いです」と宣言されているばかりか、その前後が祝福をもって取り囲まれている。

主よ。この七番目の幸いに登る恵みを与えてください。
私たちがまずきよくなり、そして平和をつくる者となるために、心をきよくしてください。
そしてあなたのために私たちが迫害された時、私たちの平和が臆病と失望に追われることがないように、たましいを強くしてください。

”夕ごとに”より.....スポルジョン著
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3月6日(土) 晴れ
◆『人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。』
箴言18:12

「事の起こる前にはその予兆がある」
という格言は古くから有名である。
昔の賢人は、高慢は凶事の不吉な前ぶれであると教えている。
晴雨計の水銀を見れば雨が降るかどうかがわかるように、
高慢は滅亡の確実なしるしである。
それは晴雨計の水銀よりもはるかに誤りのない指標である。
人がいばるようになると、破滅が間違いなく彼を捕える。
人が自分の偉大さにおぼれる時、その誉れは消え去ることを、
傷心のダビデに聞こう。
また、偉大なバビロンの建設者ネブカデネザルが、地面をはい回り、牛のように草を食べ、
ついにその髪の毛は鷲の羽のようになり、爪は鳥の爪のようになった事実を見よ。
高慢は、かつて天使を悪魔にしたように、高慢な者を野獣にする。
神はおごる者を憎み、必ずその鼻をへし折られる。
神のすべての矢は、高慢な心に向かって射られる。
クリスチャンよ。あなたの心は高慢になっていないか。
高慢は罪人の心に入るが、同様にクリスチャンの心にも入り得るのである。
そして彼を欺き、彼が富み栄えて何の不自由もないように思わせることができる。
・あなたは自分の徳や才能を誇っていないか。
・あるいは自分自身を誇っていないか。
・あるいは聖なる炎をもち、すばらしい経験をしたことを鼻にかけていないか。
注意してほしい。滅亡があなたのもとにやって来ようとしている。
あなたのうぬぼれのけしの花は根こそぎ引き抜かれ、徳のきのこは、焼けつくような熱にひからびてしまうであろう。
そしてあなたの自己満足は、堆肥の中のわらのようになるであろう。
私たちがへりくだって十字架のもとに住むことを忘れてしまうならば、神はむちによって私たちを賢くすることをお忘れにならないであろう。
おお、高慢な信者よ。破滅があなたの頭上にもたらされようとしている。
あなたのたましいは滅ぼされることはないが、あなたの喜びと慰めの上に破滅が及ぶ。
だから、「誇る者は、主にあって誇りなさい」
”夕ごとに”より.....スポルジョン著
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