9月23日(火) 晴れ
◆神はその愛する方によって私たちを受け入れてくださった。
エペソ人への手紙1:6 英訳

「それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、
ほめたたえられるためです。」(新改訳)

なんという特権だろう。これは神の御前における私たちの義認を含むだけではない。
ギリシヤ語の「受け入れる」ということばは、それ以上の意味をもつ。
神の満足の対象であること、否、神の喜びの対象であることをさえ意味する。
私たちは虫であり、死すべき者、罪人である。それなのに神の愛の対象となるとは。
ある信者は、その経験において受け入れられているように見える。
少なくとも、彼らはそう理解している。
たましいが力に満ち、希望に燃える時、神に受け入れられていると思う。
そのような時、自分が高潔であり、聖化され、俗事をはるかに超越しているように感じるからである。
しかし彼らは、ちりあくたのようなものに心ひかれる時、もはや受け入れられていないのではないかと恐れおののく。
けれども彼らが、彼らの崇高な喜びは彼らを高めもせず、失望落胆は彼らを低くするのでもなく、常に完全にして、傷も汚れもない神の愛する御子によってのみ受け入れられていることを知るならば、どれほど幸福に満たされ、また救い主をあがめることであろう。
だから、主にある友よ。喜べ。あなたは「愛する方によって受け入れ」られている。
あなたは心のうちをながめて「受け入れられる何ものもない」と言うであろう。
しかし、キリストを見よ。そこにおいてすべてのものが受け入れられていないか。
あなたの罪はあなたを悩ます。しかしその罪を、神はご自身の後ろに捨てられた。
あなたは義なる方によって受け入れられている。あなたは腐敗と戦い、誘惑と格闘しなければならないが、すでに悪の力を征服した方にあって受け入れられている。
悪魔は誘惑するだろう。しかし、雄々しくあれ。悪魔にはあなたを滅ぼすことはできない。
あなたは、すでにサタンの頭を砕いた方にあって受け入れられている。
あなたの栄光ある地位を確信をもって知れ。
すでに栄化されたたましいは、天国で、「愛する方によって」受け入れられている。
そして全く同様に、あなたはキリストにあって受け入れられている。


By Charles Haddon Spurgeon


主イエス・キリストの父なる神が褒め称えられますように。
天のお父さま、感謝します。
あなた様は世界の基がおかれる前より、私を選び救いの恵みの中に入れようと待っておられました。罪深い私をも赦し 受け入れてくださいました。ありがとうございます。
今朝もう一度この恵を覚え、召しに相応しく、あなたさまの喜ばれる歩みが出来ますように導いてください。ひとこと感謝し、主の御名によって祈ります。アーメン。