2003 06/23 18:52
Category : 日記
★レント最終木曜日の聖書日課
木曜日はイエスさまが弟子たちとの最後の晩餐を行い、
その場で弟子たちの足を自らお洗いになったことを記念する「洗足木曜日」。
最後の晩餐の聖書の箇所・・・・いつも聖餐式の時に読み上げられる慣れ親しんだ箇所です。
『イエスは言われた。
「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、
この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。
あなたがたに言いますが、過越が神の国において成就するまでは、
わたしはもはや二度と過越の食事をすることはありません。」
そしてイエスは、杯を取り、感謝をささげて後、言われた。
「これを取って、互いに分けて飲みなさい。
あなたがたに言いますが、今から、神の国が来る時までは、
わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」
それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。
「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。
わたしを覚えてこれを行ないなさい。」
食事の後、杯も同じようにして言われた。
「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。
しかし、見なさい。わたしを裏切る者の手が、わたしとともに食卓にあります。
人の子は、定められたとおりに去って行きます。
しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。」』
ルカの福音書22章15〜22節
◆『ユダ。口づけで、人の子を裏切ろうとするのか。』ルカの福音書22章48節
「憎む者が口づけしてもてなすよりは……。」
世が笑顔をもってくる時、私たちは警戒しなければならない。
私たちもまた、主のように口づけによって売られるかもしれないからである。
人が信仰を害そうとする時には、必ず表面では深い敬意を見せる。
異端と不信仰の従者、なめらかな顔の偽善者に注意しようではないか。
不義な者には欺かれやすいことを知って、へびのようにさとく、敵の計略を察し、それを避けようではないか。
思慮のない青年は、妖しい女の口づけによって惑わされる。
私たちのたましいが今日の初めから終わりまで、世の「へつらいのくちびる」に動揺させられないように十分に訓練され得るように。
聖霊なる神様。弱い人の子である私が口づけによって売られることのないように守ってください。
しかし、もし私が滅びの子ユダのような憎むべき罪を犯しているとすれば、どうであろう。
私は主イエスの名によって洗礼を受けている。私は目に見える主の教会の会員である。
私は聖餐式に参加する。これらはすべて、私のくちびるをもってする口づけである。
これらに私は誠実であろうか。もしそうでなかったならば、私は卑しい裏切り者である。
私はこの世で他の人たちのように不注意に生きているのに、なお主に従う者だと公言してはいないのか。
もしそうであれば、私は信仰を人々の物笑いの種とし、人々に聖い御名の悪口を言わせることになる。
私の言行がこのように不一致であるならば 私はユダであり
生まれなかったほうがよかったのである。
この点に於いて私は果して旗色を鮮明にすることを望んでいるでしょうか。
主よ。私をそのように守ってください。私を誠実かつ真実な者として下さい。
すべての偽りの道から守ってください。決して救い主を裏切ることがありませんように。
イエス様。私はあなたを愛します。私はしばしばあなたを悲しませました。
しかし私の願いは、死に至るまであなたに忠実であることです。
神様、私が信仰を公言しつつ、主を口づけによって裏切り、
ついに火の池に投げ込まれることがないようにしてください。
木曜日はイエスさまが弟子たちとの最後の晩餐を行い、
その場で弟子たちの足を自らお洗いになったことを記念する「洗足木曜日」。
最後の晩餐の聖書の箇所・・・・いつも聖餐式の時に読み上げられる慣れ親しんだ箇所です。
『イエスは言われた。
「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、
この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。
あなたがたに言いますが、過越が神の国において成就するまでは、
わたしはもはや二度と過越の食事をすることはありません。」
そしてイエスは、杯を取り、感謝をささげて後、言われた。
「これを取って、互いに分けて飲みなさい。
あなたがたに言いますが、今から、神の国が来る時までは、
わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」
それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。
「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。
わたしを覚えてこれを行ないなさい。」
食事の後、杯も同じようにして言われた。
「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。
しかし、見なさい。わたしを裏切る者の手が、わたしとともに食卓にあります。
人の子は、定められたとおりに去って行きます。
しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。」』
ルカの福音書22章15〜22節
◆『ユダ。口づけで、人の子を裏切ろうとするのか。』ルカの福音書22章48節
「憎む者が口づけしてもてなすよりは……。」
世が笑顔をもってくる時、私たちは警戒しなければならない。
私たちもまた、主のように口づけによって売られるかもしれないからである。
人が信仰を害そうとする時には、必ず表面では深い敬意を見せる。
異端と不信仰の従者、なめらかな顔の偽善者に注意しようではないか。
不義な者には欺かれやすいことを知って、へびのようにさとく、敵の計略を察し、それを避けようではないか。
思慮のない青年は、妖しい女の口づけによって惑わされる。
私たちのたましいが今日の初めから終わりまで、世の「へつらいのくちびる」に動揺させられないように十分に訓練され得るように。
聖霊なる神様。弱い人の子である私が口づけによって売られることのないように守ってください。
しかし、もし私が滅びの子ユダのような憎むべき罪を犯しているとすれば、どうであろう。
私は主イエスの名によって洗礼を受けている。私は目に見える主の教会の会員である。
私は聖餐式に参加する。これらはすべて、私のくちびるをもってする口づけである。
これらに私は誠実であろうか。もしそうでなかったならば、私は卑しい裏切り者である。
私はこの世で他の人たちのように不注意に生きているのに、なお主に従う者だと公言してはいないのか。
もしそうであれば、私は信仰を人々の物笑いの種とし、人々に聖い御名の悪口を言わせることになる。
私の言行がこのように不一致であるならば 私はユダであり
生まれなかったほうがよかったのである。
この点に於いて私は果して旗色を鮮明にすることを望んでいるでしょうか。
主よ。私をそのように守ってください。私を誠実かつ真実な者として下さい。
すべての偽りの道から守ってください。決して救い主を裏切ることがありませんように。
イエス様。私はあなたを愛します。私はしばしばあなたを悲しませました。
しかし私の願いは、死に至るまであなたに忠実であることです。
神様、私が信仰を公言しつつ、主を口づけによって裏切り、
ついに火の池に投げ込まれることがないようにしてください。