4月14日(月) くもり 時々雨
受難週はHPはお休みしようかなと思いましたが、出来る範囲で更新です。
受難週はイエスさまの十字架のお苦しみを覚え、自分の救い出された
深い穴を見つめる時としたいと思います。

今日の聖書日課
◆それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。
「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。
しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」
マタイの福音書26章39節

救い主の試練の時の祈りに、私たちが教えられることが幾つかある。
●まず、それは孤独な祈りであった。
主は三人の愛する弟子たちからさえ離れられた。
主にある友よ。たびたび孤独の祈りをせよ。試練の時こそ特にそうすべきである。
家庭礼拝、友との祈り、教会での祈りは、尊いが十分ではない。
最上の香料はあなたの個人的な礼拝の香炉の中 神の他聞く者のない場所でたかれるものである。
●それはへりくだった祈りであった。
ルカは「ひざまずいて」と述べているが、他の福音書記者は「ひれ伏し」と言っている。
それなら、偉大な主の卑しいしもべであるあなたはどうすれはよいのか。
へりくだりは祈りに確かな足場を与える。神が適当な時に私たちを高められるように、自らを低くするのでなければ、神に聞かれる見込みはない。
●それはまた従順の祈りであった。
試練の時、あなたは「アバ、父よ」と神の子として懇願することがいかに心強いものかを知るであろう。
あなたは裏切りによって臣下としての権利は失った。
しかし、子が父の保護を求める権利は、何ものによっても奪われることはない。
「父よ。私の叫びを聞いてください」と言うのを恐れてはいけない。
●この祈りは忍耐強い祈りであった。
主は三度祈られた。祈りが聞かれるまではやめてはならない。
初めの願いが聞かれなかったにもかかわらず、執拗に懇願を続け、ついに聞き入れられたやもめのようであれ。祈り続けよ。そして感謝の思いのうちに待て。
●最後に、それはゆだねきった祈りであった。「しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください」とある。
あなたがゆずるなら、神もまたゆずってくださる。みこころにゆだねさえするなら、神は最善をなされる。いつどのようにして、何を与え何をさし控えるべきかを知っておられる。
それゆえ、熱心に、執拗に、しかも謙遜と信頼をもって祈るならば、必ず聞かれるのである。
By Charles Haddon Spurgeon
愛なる天のお父様 御名を崇め感謝をいたします。
受難週の真っ只中にあって、主がゲッセマネで祈られたその情景を思います。
悲しみもだえながら、血のような汗を流して
「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです」と言われたそのお祈りのお苦しみを覚えます。
ありがとうございます。あなた様のお苦しみは、私の罪のためであったことを 強く思います。今 己の罪を覚え悔い改めをいたしました。どうぞ主よ、赦して下さい。聖めて下さい。また、私の気づかない隠れた罪をもお赦し下さい。
この感謝と願いを 救い主イエス・キリストの御名前によって御前にお捧げいたします。アーメン