4月10日(木) 晴れ
聖書日課

生  命  と  死

『なぜなら、わたしを見いだす者は、いのちを見いだし、主から恵みをいただくからだ。
わたしを見失う者は自分自身をそこない、わたしを憎む者はみな、死を愛する。』
 
箴言8章35―36節)

・「わたしを見いだす者は、いのちを見いだし、主から恵みをいただく……」
・「わたしを見失う者は自分自身をそこない……死を愛する」
何というコントラストでしょう。あなたは、日々生き生きと恵みに満ちて生きたいでしょうか。
それとも、自分の身をすり減らし死んだように生きたいでしょうか。
聞くのもやぼかもしれません。しかし、「自分の身をすり減らして死んでいく人」が、中年の男性のうちにだんだん多くなっているそうです。
中年の男性は仕事場では、責任の圧力と人間関係のしがらみで疲れはて、人を動かす自信を喪失して、自分に絶望しています。
「家庭に帰っても、女房・子どもはテレビを見て楽しそうにしているが、自分の姿を見ると、笑い声も話し声もぴたっとやんで一瞬しらける。いったい、おれはどこへ行ったらいいんだ」と言った人がいました。
現代人は疲れているだけでなく、迷っています。自分の生き方が決められません。
どちらへ進んだらよいか分からず、むなしいのです。
生きているのではなく、死につつあると言ったほうがいいのではないでしょうか。
この原因は、教育が足りないからではありません。
日本ほど教育程度の高い国はありません。またこれは、転職脱サラしたら直る問題でもないのです。
「わたしを見いだす者は、いのちを見いだし、主から恵みをいただく」
答えはこれです。
あなたの造り主でありオーナーである神のみこころを無視して、
生き生きと生きられるはずはありません。
イエス・キリストは、あなたのために死んでくださいました。
それほどあなたを愛しておられます。神は、あなたに豊かな祝福を与えたいと思っておられます。
この神を見いだし、神に聞き従うこと、これが根本なのです。