2004 08/05 00:06
Category : 日記
感謝せよ・・・・・
8月1日聖日のバイブルクラスの学びは第�Tコリント1章4〜9節から みことばの解き明かしでした。
『1:4 私は、キリスト・イエスによってあなたがたに与えられた神の恵みのゆえに、あなたがたのことをいつも神に感謝しています。
1:5 というのは、あなたがたは、ことばといい、知識といい、すべてにおいて、キリストにあって豊かな者とされたからです。
1:6 それは、キリストについてのあかしが、あなたがたの中で確かになったからで、
1:7 その結果、あなたがたはどんな賜物にも欠けるところがなく、また、熱心に私たちの主イエス・キリストの現われを待っています。
1:8 主も、あなたがたを、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者として、最後まで堅く保ってくださいます。
1:9 神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました』
コリントは ギリシャ本土とペロホネソス半島を結ぶ地峡にあり、当時アテネより栄えていた町でした。
(ローマ、エペソ、アレキサンドリア、に次いで需要な都市)
この書簡が書かれた当時(A.D.55・56年)のコリントの教会は不品行(近親相姦)・分派・偶像礼拝・異言・霊の賜物・復活の否定の問題・献金等 問題の多い教会でした。
使徒パウロはアクラとプリスキラというよき協力者を得て 一年半滞在して伝道しました。
その結果、多くのコリント人が信仰に入り、コリント教会が形成されて行ったのです。
パウロの感謝
1.
4節、特別恩寵(イエスキリストを信じる者に与えられる恵)ゆえに神に感謝
2.
5節、知識とは福音を理解する知恵である。私たちはノンクリスチャンの方々にも普通の言葉と知識で福音を説明できるように前もって準備しなければいけません。
3.
6節、言葉で、さらに生活の中で証をする。
生活の変化によって神に感謝することが出来る。ザアカイのように・・・・・。
4.
8節、再臨待望・・・・ここでイエス・キリストの日と記されている 再臨の日。
信仰者として証の生活をすることはもちろん大切である。
しかし、再臨を強く待ち望む者でありたい。
再臨の日が恐ろしい・・・・これは裁きの日であるからです。
クリスチャンは保護されることを覚え、感謝。
5.
9節、私たちクリスチャンはキリストの尊い御業に加えられているということ・・・・感謝。
キリストの交わりの中に入れられており、神の子としての選びに感謝。
礼拝の時キリストと出会って交わっているでしょうか?
悲観的に観てしまうことはないでしょうか?
キリスト教は喜びと感謝の宗教です、恵を数え上げ、どのような状況下にあっても感謝しましょう。
『わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。』
詩篇103:2
8月1日聖日のバイブルクラスの学びは第�Tコリント1章4〜9節から みことばの解き明かしでした。
『1:4 私は、キリスト・イエスによってあなたがたに与えられた神の恵みのゆえに、あなたがたのことをいつも神に感謝しています。
1:5 というのは、あなたがたは、ことばといい、知識といい、すべてにおいて、キリストにあって豊かな者とされたからです。
1:6 それは、キリストについてのあかしが、あなたがたの中で確かになったからで、
1:7 その結果、あなたがたはどんな賜物にも欠けるところがなく、また、熱心に私たちの主イエス・キリストの現われを待っています。
1:8 主も、あなたがたを、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者として、最後まで堅く保ってくださいます。
1:9 神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました』
コリントは ギリシャ本土とペロホネソス半島を結ぶ地峡にあり、当時アテネより栄えていた町でした。
(ローマ、エペソ、アレキサンドリア、に次いで需要な都市)
この書簡が書かれた当時(A.D.55・56年)のコリントの教会は不品行(近親相姦)・分派・偶像礼拝・異言・霊の賜物・復活の否定の問題・献金等 問題の多い教会でした。
使徒パウロはアクラとプリスキラというよき協力者を得て 一年半滞在して伝道しました。
その結果、多くのコリント人が信仰に入り、コリント教会が形成されて行ったのです。
パウロの感謝
1.
4節、特別恩寵(イエスキリストを信じる者に与えられる恵)ゆえに神に感謝
2.
5節、知識とは福音を理解する知恵である。私たちはノンクリスチャンの方々にも普通の言葉と知識で福音を説明できるように前もって準備しなければいけません。
3.
6節、言葉で、さらに生活の中で証をする。
生活の変化によって神に感謝することが出来る。ザアカイのように・・・・・。
4.
8節、再臨待望・・・・ここでイエス・キリストの日と記されている 再臨の日。
信仰者として証の生活をすることはもちろん大切である。
しかし、再臨を強く待ち望む者でありたい。
再臨の日が恐ろしい・・・・これは裁きの日であるからです。
クリスチャンは保護されることを覚え、感謝。
5.
9節、私たちクリスチャンはキリストの尊い御業に加えられているということ・・・・感謝。
キリストの交わりの中に入れられており、神の子としての選びに感謝。
礼拝の時キリストと出会って交わっているでしょうか?
悲観的に観てしまうことはないでしょうか?
キリスト教は喜びと感謝の宗教です、恵を数え上げ、どのような状況下にあっても感謝しましょう。
『わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。』
詩篇103:2