2004 07/25 19:59
Category : 日記
7/11 A神学生による奨励のまとめ
第 15章
[ 15:1 さて、取税人、罪人たちがみな、イエスの話を聞こうとして、みもとに近寄って来た。
15:2 すると、パリサイ人、律法学者たちは、つぶやいてこう言った。
「この人は、罪人たちを受け入れて、食事までいっしょにする。」
15:3 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
15:4 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
15:5 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、
15:6 帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。
15:7 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。]
同じ箇所がマタイ18章にも記されてあります。
羊とは、旧約以来 選民の比喩であり、
詩篇119:176に
『私は、滅びる羊のように、迷い出ました。
どうかあなたのしもべを捜し求めてください。
私はあなたの仰せを忘れません。』
失われた羊の例え話は、
私たち人間の迷いやすい姿を描く直喩です。
迷った羊は帰路を見出す能力がありません。
ですから、羊の群れを導く羊飼いが必要です。
水・草・・・・たっぷりと食べれる場所に連れて行かなければなりません。
また、非常に臆病ですから逃げることしかできませんし、
すぐに怖がって走り出す習性があるという、弱い動物です。
夜は、さらに敵から守ってあげなければなりません。
また、羊は倒れたら自分では起き上がれないので、
羊飼いはいつもいつも注意深く見張っている必要があります。
-------------------------------------------
羊飼いは一匹いないことに気づきました。さあ、あなたなら どうするでしょうか?
99匹の羊をそこに残して 一匹を捜しに行きますか。
イエスさまは失われた人を捜すためにこられたのです。
神を離れ、道を失い、自分勝手な方向に向かっている私たち人間を捜して・・・・・。
律法学者・パリサイ人達は、神さまを信じていましたが、律法を守ると言う方向に進んでいきました。そうして神さまの御思いから離れていってしまったのでした。
それでは 私たちはどうなのでしょうか?
神さまは捜しておられます。
そして、豊かに生きる為の食物、必要を満たしてくださいます。
私たちは 自分の考えで色々なことを試してみます。
人に優しくしても、ボランティァをしたとしても、この自分の汚れた心は赦されないのです。
かえって、自分の心が満たされる方向へ、と進んで行く危険性もあります。
楽しい時・・・・苦しい時・・・・・悲しい時・・・・
罪赦されて 神様の元に帰る・・・・・このような喜びがほかにあるでしょうか。
天においても大きな喜びがあるのです。
第 15章
[ 15:1 さて、取税人、罪人たちがみな、イエスの話を聞こうとして、みもとに近寄って来た。
15:2 すると、パリサイ人、律法学者たちは、つぶやいてこう言った。
「この人は、罪人たちを受け入れて、食事までいっしょにする。」
15:3 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
15:4 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
15:5 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、
15:6 帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。
15:7 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。]
同じ箇所がマタイ18章にも記されてあります。
羊とは、旧約以来 選民の比喩であり、
詩篇119:176に
『私は、滅びる羊のように、迷い出ました。
どうかあなたのしもべを捜し求めてください。
私はあなたの仰せを忘れません。』
失われた羊の例え話は、
私たち人間の迷いやすい姿を描く直喩です。
迷った羊は帰路を見出す能力がありません。
ですから、羊の群れを導く羊飼いが必要です。
水・草・・・・たっぷりと食べれる場所に連れて行かなければなりません。
また、非常に臆病ですから逃げることしかできませんし、
すぐに怖がって走り出す習性があるという、弱い動物です。
夜は、さらに敵から守ってあげなければなりません。
また、羊は倒れたら自分では起き上がれないので、
羊飼いはいつもいつも注意深く見張っている必要があります。
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羊飼いは一匹いないことに気づきました。さあ、あなたなら どうするでしょうか?
99匹の羊をそこに残して 一匹を捜しに行きますか。
イエスさまは失われた人を捜すためにこられたのです。
神を離れ、道を失い、自分勝手な方向に向かっている私たち人間を捜して・・・・・。
律法学者・パリサイ人達は、神さまを信じていましたが、律法を守ると言う方向に進んでいきました。そうして神さまの御思いから離れていってしまったのでした。
それでは 私たちはどうなのでしょうか?
神さまは捜しておられます。
そして、豊かに生きる為の食物、必要を満たしてくださいます。
私たちは 自分の考えで色々なことを試してみます。
人に優しくしても、ボランティァをしたとしても、この自分の汚れた心は赦されないのです。
かえって、自分の心が満たされる方向へ、と進んで行く危険性もあります。
楽しい時・・・・苦しい時・・・・・悲しい時・・・・
罪赦されて 神様の元に帰る・・・・・このような喜びがほかにあるでしょうか。
天においても大きな喜びがあるのです。